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【長編洒落怖】鬼伝説の山

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俺は一人、庭にある倉にいった。
窓もなく、頑丈な鍵で施錠できる鉄製の扉があるのだ。
俺は中に入り、人一人分横になれるスペースを見つけた。
溜まっていた埃を履き、その上に新聞紙やタオルケットを敷いた。
台所の棚から持ってきたろうそくを何本か用意する。
倉の中には木の棒やクワなど武器になるものも保管されていた。
俺はさらに必要になるものがないか探っていると、頭部に衝撃が走った。
足元に一冊の分厚い本が落ちていた。
俺が手を伸ばした先に、数冊の本が並べられている棚があってそこから落下したらしい。
俺は手に取って見た。表紙には何も書かれていない。
めくってみると舞い上がった埃ごしに、不気味なイラストと魔法陣が書かれていた。
文字はかすれて読みにくかったが、祓うという文字を発見した。
俺は黒魔術的な何かだと思った。
ネットで呪いのやり方を調べているときに黒魔術も調べていたのだ。
魔法陣もその時に見たものと似ている。
呪いが本当に存在したのなら、黒魔術もしかりだと俺は直感した。
幸い、その本は全頁俺にもわかる言語で書かれていた。
魔法陣の書き方や準備のしかたが回りくどい文章で書きつづってある。
俺は、お札の他にも心強いアイテムが欲しかった。
だから本の手順を踏んで魔法陣を描こうと決めた。
材料は至極単純で、集めるのも簡単だった(手順はあえて省かせてもらう)
俺は赤いペンを持ってきて(本当は異なる)本に書かれている通りに円陣を描く。
これで、奴を祓うことができるのかわからないが、お札も扉に貼ってあり心強くはなった。

俺はもう一度読み返していると、飛ばしていた項があることに気付いた。
道具が一つ足りないことになる。
刃物だった。
俺は包丁を思いついたが、台所まで取りに行かなければならない。
腕時計をみると二十時を過ぎていた。
作業している間に結構時間がかかってしまったようだった。
持ってきたおにぎりも食べ終えている。
昨日ノックされたのは二十二時過ぎだ。
だからまだ大丈夫だろうと俺は取りに行くことに決めた。
扉に近づき、錠を開けようとしたその時だった。
小石が散らばる地面と靴底がすれ違う、僅かなジャリという音が聞こえた。
祖母ではない。
奴が来たんだと直感した。扉の前を行ったり来たりしているのがわかる。
包丁は諦めるしかないようだ。
お札も貼ってあるから、中に入ることはできないだろう。
俺はしばらくその何かをひきづるような音を聞いた。
ふと、静寂が降りてくる。
俺は昨日のこともあってすぐには警戒を解かない。
あの心臓を鷲掴みにするようなうめき声に備えるように耳を塞ぐ。
そうして長い時間が経った。

俺はさすがにつかれてきた手を耳から話した。
ドン!
俺は後ずさった。扉全体が揺れたのだ。
続いて、また扉が固いものにぶつかった音をたてて振動する。
体当たりしているのだ。
ノックといい体当たりといい、倉の外にいるモノが実体を持っているのは確かだ。
俺はすぐさまクワを持ってきた。
扉は尚も揺れている。俺はその前に立ってクワを構えた。
すると、鉄製であるにも関わらず、倉の内側に向かって扉の中央が盛り上がってきた。
俺は生唾を飲みこんで、一番奥まで退去する。
お札の一部が剥がれている。
ギシギシと音をたてながら盛り上がりはさらに増していく。
俺はその時お札の文字が蠢いているのを見た。
虫が這うように文字通しがぶつかりあい、恐怖と共に見入ると、最後には文字が寄り集まって、人間の顔を形作った。
それは何かを叫ぶように口を縦に開き、苦しみの表情を張り付けていた。
俺はすくみ上った。
扉の鍵の一部が今にも外れそうになっていた。
お札も半分がめくれて、風が吹くはずもないのに激しく揺らめいている。
札に現れた顔が叫んでいるような低い風の音が、俺の耳に渦巻いた。
俺の動悸は最大限にまで達した。
刹那、空気が振動した。
俺はその場にへたり込んだ。

恐る恐る扉を見る。俺は素っ頓狂な声を出した。
扉に異常はなかった。先ほどまで盛り上がっていたはずだったが何の変化もない。
ただ鍵は一部壊れていた。お札は完全に剥がれ落ち、焼けたあとのように黒く塗りつぶされている。
俺は肩で息をしながら立ち上がった。扉に手を触れる。
熱くもなく、柔らかくもないただの鋼鉄だった。
扉に耳をくっつける。
外からの音はない。やはりお札の効果だったのか、奴は立ち入れなかったようだった。
俺は確保していた寝床に行って横になった。
そして、恐怖で朦朧とする意識を越えて、微睡に落ちていった。

眼が覚めたのは朝の五時だった。
夏の早朝は幾分明るくなっているはずだ。
俺は扉に近づいて、耳をそばだてた。
何の音も気配もない。
俺は静かにカギを開けた。開いていくと、空虚な庭が目の前にあった。
大きく深呼吸して新鮮な空気を吸いこんだ。
俺はふと、刃物のことを思い出して、水を飲みにいくついでに包丁を取りにいくことにした。
あの魔法陣を途中まで完成させたのだから、最後までやり遂げたかった。
俺は台所にいって水を一杯飲んでから、何本かある包丁の一本を手にとって外に出る。
一先ず危機は乗り越えた。
昨夜の記憶は鮮明に蘇り、鳥肌となって俺を襲い続けた。
薄い光のもと、異世界から人間の世界に戻ってきたように感じていた俺は、安心して蔵へ戻る。
が、
「ううぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅ」
突如後ろの茂みから、うめき声をあげた黒くて細い物体が、地面を跳ねながらこちらに向かってきた。

「あぁああぁ、ああぁ!!」
俺は一目散に蔵へ逃げた。
腕がものすごく震えた。それでも何とか扉を閉めた。
人ではなかった。とにかく細長くて黒い何かだった。
頭部らしきものが出っ張っていた。人と思しき目があった。他には何もなかった。
下腿部分を屈伸させて跳ねてきたのだ。
そして、扉へ体当たり。
悪夢が舞い戻ってきた。俺は鍵を掴んで固定した。
振動が俺の体を吹っ飛ばそうとする。
俺はポケットを探った。お札を扉に貼りつけるためだ。
だが、いくらまさぐってもお札を掴むことができなかった。
「ない」
全てお札は使い切ってしまったらしい。
ノックされた夜に何枚も使ったのを悔やんだ。
だが、俺はもう一つの頼りを作っている。
準備しておいて本当によかったと思った。
俺は思い切って鍵から手を離し、包丁片手に魔法陣に近づく。
扉に当たる衝撃は増していき、鍵が破壊される前になんとしてでもこの儀式を完成させなければならない。
俺は包丁を手のひらにあてがって、すっと下に引いた。
線となった傷から血が溢れる。それを魔法陣に数滴落す。
包丁を魔法陣の中央に突き立てる。
ふと、この魔法陣は本当に利き目があるのかどうか疑問が湧いてきた。
だがすでに遅かった。

刹那、扉が破壊される轟音が響いた。俺は悲鳴をあげた。
すると閉じた瞼の中の暗闇が白い光に包まれた。
光が魔法陣から発生したらしい。
その光の威力から推測すると倉中に及んでいただろう。
そして、跳ねる音が後方より迫る中、俺は気を失った。


眼が覚めたのは夕方だった。俺ははっとして後ろを見る。
あの化け物の姿はなかった。
鉄製の扉は閉め切られたまま、鍵も破壊された形跡もなく元通りになっている。
俺は頭をかかえた。確かにあの後、鍵が壊され扉も突破されたはずだ。
そして、魔法陣から眩い光が――俺は誰かの気配を感じた。
あの化け物かと思い、俺は尻餅をつきながら後退した。
だが、そこにいたのは化け物ではなかった。
低い声がした。
「お前が」
スラリと背の高い、黒衣に身を包んだ男だった。
「お前が呼んだのか、私を」
と、気疲れをひそませた問いを、その怪しげな男は発した。
見知らぬ相手を前に、俺は硬直して何もいえなかった。
しばらくして俺はまず訊いた。
「あなたは一体、誰ですか」
「お前に呼び出されたものだ」
黒衣の男は魔法陣の上に立っている。
俺は成功したんだと直感した。

だが、男が出てくるなど予想もしていなかったので拍子抜けしていた。
目に見えない結界などが張られるとか、そういう考えだった。
俺は化け物を見た後だし、突如現れた男にもそれほど動揺せず、単刀直入にいった。
「俺を助けてください」
「それが願いか」俺は頷いた。
俺は箱を見せた。
「この中に髪の毛を入れると呪われるんです。それで間違って自分の髪の毛を入れてしまったかもしれないんです。だからさっきの化け物に襲われて。とにかくこの箱を開けれさえすれば……」
男は細長い指で箱を掴むと、自分の眼間に持ってくる。
「これは開けられない」
「どうして」
「この箱は私も見たことがある。とても邪悪なものだ。誰からもらった」
「俺と同い年くらいの女の子に」
「ならば彼女でしか開けられない」
「そんな、森へいって何度も探したんです! でもいなくて……」
「森?」
俺は倉の外に出た。男もついてきて家の裏側に広がるB山を見上げた。
「なんと、道が開けているのか。それに同化している」
「道?」
男は答えずにいった。
すでにわかっていると思うがお前が出会った少女は人ではないぞ」
俺はすでにそう確信していた。もっと早くに気づいていればよかった。

「あの化け物も……当然」
「ふむ。この世のものではない」男は呟いた。
「それで、その箱を開ける方法はないんですか?」
俺は懇願するように問うた。男は冷静に告げる
「言った通り無理だ。当事者に頼む以外には」
「ならこの箱をくれた彼女に掛け合ってくれるんですね!」
「それは断る」
「!?」
俺は意味がわからなかった。
それほどあの少女が強力だというのだろうか。
「さっきの化け物だって退かせたじゃないですか」
「あれは小物にすぎん」
「あの少女は一体何なんです。それにあなたも。人ではないんでしょう? 別のところから来たんでしょう?」
「追及すればさらなる堕落が待つぞ。お前は呪いを解くことだけに専念すればいい」
確かにそれだけで俺は精一杯だった。
これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
「交渉がダメなら、他に箱を開けてもらえる方法はないんですか!?」
「交換条件しかない」
「交換?」ただの交渉では無理ということだったのだろうか。
「彼らは邪悪を好む。我らは代償を好む。それ以外の興味はない。より邪悪のものを彼女に渡せばいいのだ」
「邪悪、代償……」

「お前も払うのだぞ」
「じゅ、寿命……ですか」俺はぱっと思い浮かんだ単語をいった
「どれでもよい。しかし私は身体の一部を推奨する」
「何故です」
「好きだからだ」
俺は何も言えなかった。
最悪寿命でもいいと思った。あの生物に殺されるより百倍もマシだからだ。
すでに逢魔時だった。
俺はわたしが森にいる気がした。俺は男と共にB山へ足を踏み入れた。

するとそこへ、Uが怯えながら俺のところへ駆けてきた。
「俺昨日見ちまったんだ。窓の外で跳ねてる変なものを。お前もみたか!?」
俺はとりあえず否定した。Uには男が見えていないようで俺だけを見て話していた。
男が横でいった。
「そいつも連れて行け」
「え」
「いい材料になる」
俺は考え込んだあと、頷いて、
「実は俺もそいつのこと知ってるんだ。だから今、化け物から身を守るために森へ行く。Uくんも手伝ってほしい」といった。
こいつにお願いするなど屈辱だった。
「わ、わかった」とUは泣きべそをかきながらいった。
道中、Uは男が見えていないので、俺は二人との会話を同時にこなさなければならなかった。

だからすれ違いも起こった。
「なぁ、どうして俺に手伝えなんていったんだよ」
Uがいきなりいって、俺は驚いた。Uも引っ掛かりを覚えていたのだろう。
「そっちが……」
いいさして俺は口を噤んだ――そっちが今にも泣きそうになっていたし、男の命令だから、などいえるはずもなかった。
「それにお前、どうして平気な顔してんだよ。得たいの知れないモノがいるんだぜ?」
「俺だって怖いよ。でもそんなこと言ってちゃ解決なんてしないだろ」
「それは、そうだけどよ」
Uは黙り込んだ。
しばらくして「お前は俺を恨んでるか?」と唐突にUが訊いてきた。
「……訊かなくてもわかると思うけれど」俺は苛立ち混じりにいいのけた。
「そうだよな。いじめたんだもんな」
「まさか謝るつもりじゃないよな」
「……」Uは何もいわなかった。
「お前だってな生意気なところが悪いんだ。俺たちだって遊び半分だったし……お前も俺たちを気にくわなかったんだろうけどよ、どこだよ。まぁ直すってわけじゃないけど」
「どこで彼女と出会った」
男が口を挟んだ。俺は前方に、当初呪いの準備をしていた大木を見つけた。
「アソコ」
「え?」
「あ、いや」
「俺たちのアソコが気に入らなかったのか?!」
「違う!」中学生特有の、何でも下ネタに関連付ける習性が発動した瞬間だった。
こんな状況で気楽なものだと今でさえ思う。

男が立ち止まった。俺も気づいて停止する。Uもそれに習った。
「いた」
俺は息を吐きながらいった。
彼女が立っていた。出会った時と同様に白いワンピースを着ている。
線の細い体を件の大木にもたれさせている。
すると、電池が切れたようにUが倒れた。
「!」
「心配するな。私がやった」
平然と男が呟いた。
「気絶させたんですか」男は頷いた。
「あら、いつのまにそんなものを呼び出したの?」
彼女は男のほうを見ていった。俺はポケットから箱を取り出した。
「俺はバカだった。この箱の中に自分の髪の毛を入れてしまったんだ」
彼女が可笑しそうな目を俺に移す。
「そう」
「呪いを解いてほしいんだよ。俺はこいつらに呪いがかかるようにしたいだけだったんだ」
「いったでしょ? 自分の一部は入れちゃだめだって。それを守らなかったのだから呪われて当然よ。そこに情けなんてこれっきしもないわ」
「でも俺は何も悪くない!」
「あなた最初呪いをかけようとしてたじゃない。じゃあ当然呪詛返しも覚悟してたのよね。だったら今の呪われた状況を呪詛返しにあってると思えばいいんじゃない?」
「この人間と、その箱の中身を交換したい」
男が割り込んだ。

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