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【長編洒落怖】つきまとう女

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906 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:40:04 ID:T70ctGeH0
「君は、所持していたヘルメットで女性を撲殺し、警察に捕まった。
その後、心神喪失と診断され、この病院に隔離されることになった。
君は社会的に完全に抹殺されているし、帰る場所も全て処分された。
君に帰るべき場所はない」
こいつは何を言っている?俺が女を殺した?
俺の脳裏に、あのキチガイの女が浮かんだ。
あいつを殺したのか?俺が?だからここに居る?そんな馬鹿な。俺に警察に捕まった記憶はない。
だが、隔離病棟に居る。それは俺が精神異常者で、記憶があいまいなのも精神異常者だから?
いや、違う。俺は正常だ。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。俺は。

「混乱しているようだね?」
医者が不意に話しかける。
「当たり前じゃないですか」
「君はもう社会的に死んでいる。気分はどうかね?」
「なんだと?」
こいつ、俺を挑発しているのか?俺が社会的に死んでいるだと?何のつもりだ。そんな事があってたまるか。
「俺は誰も殺してない。社会的にも死んでなんかない!!お前は嘘吐きだ!!!」
「いいや、君は殺した!だから君は、彼女と永遠に死ぬんだ!!
永遠に彼女とともに死ね!!!
死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
「何を言ってるんだ、テメェはぁ!!!」

激高する俺と、訳のわからない事を叫ぶ医者。現実離れした異様な空間だった。
その時、俺の首に生暖かいものが巻きついた。
赤い血みどろの左腕。
俺の背筋に電撃が走った。

907 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:41:04 ID:T70ctGeH0
「見つけた…」
あのキチガイ女だった。
俺は絶叫した。これ以上の声は出せない程に絶叫した。
俺には女が、暗く陰湿な冷たい壁に囲まれた、永遠の監獄のように感じられた。
医者が立ち上がり、俺の両肩を掴む。
「君は奈々子を殺したんだ!君には永遠に、奈々子と一緒に死んでもらう!!!
もう私には無理なんだ!!この子は暗闇の中で死んだ!!!
この子の孤独を君が共有してくれ!!!!」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

その瞬間、目の前が緑色に染まった。
気が付くと俺は、道路脇の草むらの中で倒れていた。
どこにも怪我はない。バイクも横倒しになっていたが、無事だ。
夢…?俺は夢を見ていたのか?
周りを見渡すと、あの道の駅が見える。仮設トイレは無い。
時刻は8:00。俺は何をしていたんだ。
不思議な体験だった。きっと俺は、夢か幻に踊らされていたのだろう。

その後、俺は無事に北海道一周をやりきり、自宅へと回帰した。

908 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:41:46 ID:T70ctGeH0
実を言うと、その後も俺は、その女に付きまとわれることになる。
またそれは後日、暇な時に書く。
結果的には、今はもうその女は居ない。
ある霊能者のおかげで、その女の退治が出来たんだ。
俺はその霊能者の人が居なかったら、狂って死んでいたかもしれない。

678 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 20:31:32 ID:kOT+Y6Db0
あの北海道ツーリングから3ヶ月。
俺は今、都内の駅前広場のベンチに座っている。
夏の暑さも終わり、街に冬の気配が漂う秋風の季節だった。
季節の流れに街の色が移ろうように、3ヶ月間で俺の人生も大きく変わった。
あの日、俺と一緒に北海道を旅したバイクはもう居ない。
トラックと正面衝突を起こし、跡形も無く大破した。
俺はその事故で、左脚と左腕、左側の鎖骨と肋骨4本を骨折する、重傷を負った。全治5ヶ月と診断された。
生きていただけ有難いが、全治5ヶ月の人間を、俺の会社は不必要と判断し、書類一枚の郵送で解雇した。
おかげで、バイクも失い、仕事も失い、残ったのは僅かばかりの貯金と、ポンコツの身体だけだった。
幸い、後遺症も無く回復しそうな感じではあるが、左腕の回復が妙に遅い。
左脚、肋骨、鎖骨はもう殆ど治っているのに、左腕は未だに折れたままだ。
医者も不思議がっていた。俺も不思議だ。

あの時、俺は何故事故を起してしまったのか、記憶が無い。
医者は、事故のショックに因る、一時的な記憶障害と言っていた。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺はすっかり社会から逸脱していた。
例え怪我が癒えても、俺には帰るべき職場も無い。
俺はすっかり生きていく自信を失っていた。
このまま俺は社会不適合者として、枯葉の様に朽ち果てるのではないだろうか。
そんな事ばかりを考えていた。


679 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 20:32:18 ID:kOT+Y6Db0
俺が今、駅前広場のベンチに座っている理由は、一週間前の出来事に遡る。

俺は病院に行く為に、この駅を利用している。
俺の体は、俺の思うように動いてくれない。
不意に人の波に足を取られ転倒した。
そんな時、俺を助けてくれる人間は皆無だ。
ほんの少しこちらに目線をくれるだけで、人々は通り過ぎていく。
別にそれでも良かった。助けて欲しいとは思わない。
妬む気持ちや、恨めしいという気持ちは無い。ただ自分が惨めで仕方なかった。
弱いということは、孤独で惨めな感情を引き立てる。毎日が泣きたい日常だった。

駅前広場のベンチに座り、俺は休んでいた。
人々の流れを見ながら、俺はかつての日常を思い出していた。
あの頃に戻りたい。過去に戻れたら、どんなに良いだろうか。
不意に若い男が、俺の隣に座った。
若い男はタバコに火を点け、煙を空に向かって吐き出した。
「お兄さん、やばそうだね」
若い男が俺に話しかけてきた。俺は黙って人々の流れを見ていた。
「別に怪しいもんじゃないよ。
ただ今のお兄さん見てると、助けが必要なのかなって思ってさ」
「助け?助けなんか要らないさ。体が治れば、俺だって自力で生きていける」
若い男は、溜息をつくように煙を吐き出す。
「その体はもう治らないよ。治ったとしても、また同じ事を繰り返すだけだ」
俺は黙って人々の流れを見る。言い返す気力も湧かない。
「一週間後にさ、またここに来てよ。そしたら俺たちが、お兄さんの力になるからさ」
そう言って若い男は、その場から立ち去った。
俺は虚空を眺めていた。
俺はあんな奴に、あんな事を言われるまでに落ちぶれたか。

680 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 20:32:59 ID:kOT+Y6Db0
その日の夜、俺はアパートのベッドの上で横になっていた。
姉が時折俺の面倒を見に来る以外に、誰も訪れない。
俺は孤独な狭いアパートの中で、ただ天井を眺めていた。

暫くして眠りに落ちると、不意に目が覚める。
天井に穴が開いている。それも、人一人が通れそうなほどの大きな穴が開いていた。
突然現れた天井の穴に驚いた俺は、体を起そうとするが、まるで拘束具で縛り付けられたように体が動かない。
俺は一瞬パニックを起しかけた。
天井を一点に見つめたまま、身動き一つ取れない。
なんとか体を動かそうと足掻く俺の耳に、何かが這いずるような音が聞こえた。
音の発信源は天井の穴の中。
俺の全身に警戒信号が流れ出す。嫌な気配が天井の穴の中から満ち溢れていた。
俺は目を閉じた。これは夢なのだと自分に言い聞かせた。
起きろ!起きろ!起きろ!
必死で念じた。

目を開けた次の瞬間、俺は我が眼を疑った。
あの北海道で遭遇したキチガイ女が、天井の穴の中に居る。
俺の心臓は、張り裂けんばかりに強く鼓動した。

681 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 20:33:40 ID:kOT+Y6Db0
キチガイ女は、黙ってこちらを見ている。
身動き一つ取れない俺は、ただひたすらに震えていた。
キチガイ女の口が、モゴモゴと奇妙な動きをする。
まるでガムを噛むような素振りの後、女の口からゆっくりと血が流れ落ちてきた。
その血が滴となって、俺の顔にこびりつく。
女の口から吐き出された血は、人の血とは思えない冷たさだった。
死体の血。俺の頭の中で連想した物はそれだった。
俺は絶叫した。誰でもいい。気付いてくれ。誰か助けてくれ。
俺の顔を埋め尽くすほどに、尚も女は血を吐き出し続けている。
俺は叫んだ。心の底から叫んだ。助けを求め、狂ったように叫んだ。

すると女は、穴から這いずるように身を乗り出すと、そのまま天井から落ちて来た。
俺の心臓は停止寸前だった。
落ちてきた女は、天井にぶら下がるように首を吊っていた。
冷たい無表情な顔で、俺を見下ろしている。
女の口からは、大量の血が流れ出ていた。
冷たい血が、女の白いワンピースを赤く染める。
唐突に、女の首のロープが切れる。
まるで操り人形の糸が切れた様に、女は力なく俺の腹部に落下した。
俺の恐怖は頂点に達していた。
這いずるように、女の顔が俺の耳元に近づく。
「もうお前は私のなの…」
そう言いながら女は、俺の体を弄る。
俺は恐怖で涙が止まらなかった。
「許してくれ、助けてくれ」
懇願することしか俺には出来なかった。
女は俺の口に、ねじ込むような不快なキスをしてきた。
俺は泣きながら、くぐもった声で絶叫した。
その刹那、女は消えた。
俺は大量の汚物を口から吐き出した。

682 :3ヶ月 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 20:34:21 ID:kOT+Y6Db0
朝、目覚めた俺の周囲は、俺の吐いた汚物にまみれていた。
鏡を手に取り、顔を見る。女の血は付いていない。
ベッドの周囲にも女の血は無かった。天井にも穴は無かった。ただ俺のゲロだけが散乱していた。
俺は荷物をまとめると、アパートを飛び出した。

昼間は駅の構内で休み。夜はファミレスで明かした。
俺はもう、一人になる環境に耐えられなかった。
誰でも良いから、人の居るところに居たかった。

そんな生活が一週間続いた。俺の心身は限界に近づいていた。
癒えきらない体。慣れない生活環境。俺の中で色々なものが崩壊した。
ほんの少し前まで、俺はバリバリ仕事をこなし、一端の社会人として生きてきた。
それが今じゃ、ホームレスと変わらない。
その理由が、あのキチガイ女に纏わり憑かれているからだ。
そんな理由で俺はこんな生活をしている。こんな事は誰にも言えない。
精神異常者と思われても仕方が無い。俺はもう駄目かもしれない。本気でそう思えた。
俺の心は半分死んでいた。何もかもが絶望的に思えた。

気が付くと俺は、あの若い男と出会った、駅前広場のベンチに座っていた。
最後の拠り所とでも思ったのかもしれない。俺はただ何も考えずにベンチに座っていた。
夏の暑さも終わり、街に冬の気配が漂う秋風の季節だった。
俺は彼を待っていた。

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