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【長編洒落怖】つきまとう女

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899 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:34:08 ID:T70ctGeH0
二年前の夏、俺はバイクで北海道ツーリングに出かけた。
目的は北海道一周。日程は3日間。気ままな一人旅だ。
北海道は予想以上に何も無い。街から街まで100kmを越えるときもある。
その間、コンビニはおろか自販機すらない。
気楽に長距離ツーリングを楽しもうと思って来たが最後。
本当に長距離ツーリングが好きな人間以外には苦痛でしかない。
俺の旅のコンセプトは、なるべく金をかけないこと。
その為、旅館やホテルには一切泊まらず旅をする。

道中での悩みは、ガソリンスタンドが街にしかないことだ。
24時間営業なんて論外。大概のガソリンスタンドは、19:00には店を閉じる。
早いところだと、17:00に閉めていたところも在った。
俺のバイクは燃費が悪く、満タンで160kmしか走らない。
日程は3日間。夜も走らないと間に合わない。
だが、俺は頭の悪いことに、ガソリン携行缶を装備していなかった。
更に、4日後には会社が始まるギリギリの日程。
間に合うはずが無い。俺はその事に、半周した時点で気付いたのだ。

俺は考えた。
一周を諦めて、道央を突っ切り、函館からフェリーに乗って陸路で帰るか。
それとも、意地で爆走し、小樽まで帰還して一周をやりきるか。
悩んだ挙句、俺は一周することを決めた。
「諦めたら、そこで試合終了ですよ」
敬愛する安西先生がそう囁いたのだ。

900 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:34:49 ID:T70ctGeH0
二日目の夜、俺は走っていた。
北海道の夜は静かで暗い。東京の夜が昼間に感じられる程に、静かで暗い。
辺りは木々が連なり、まるで俺に覆い被さる様にそびえている。
気を抜くと、木々の中に飲み込まれてしまうような深遠を感じさせる。
途中、メーターを見ると、ガソリン警告灯が点灯していることに気付いた。
今日はここまでだな。そう思った俺は、道の駅にバイクを止め、そこで夜を明かすことにした。
俺が止まった道の駅は、仮設トイレが設置されている以外に何も無い。
覚悟はしていたが、なんとも寂しい限りだ。
辺りには、民家どころか人一人居ない。小さな街灯だけが、俺と俺のバイクを照らしていた。

携帯していた食料を平らげ、俺はコンクリートの上で横になる。
月がやけにキレイだった。こんな月も、東京では見ることが出来ない。
俺は北海道に来たことを少しだけ嬉しく思った。
相変わらず木々に囲まれた深遠の暗闇の中で、俺は眼を瞑る。

眠りに落ちかけた時、静寂を破る車のエンジン音が聞こえた。
時刻は2:00。こんな深夜に走る人間が北海道にも居るのだな、と思い眼を開ける。
どんな車が深夜の北海道を走っているのか、興味を持った俺は、道路沿いに顔を出した。
なんのことはない。ただのトラックだった。
俺は踵を返し、再び眠りにつこうとした。
そのとき、妙なことに気付いた。仮設トイレのドアが開いている。

901 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:35:42 ID:T70ctGeH0
ここに来たとき、仮設トイレのドアが開いていた記憶はない。いつ開いたのかは分からない。
少なからず俺が居る間、誰も来てないし、俺も使っていない。
トイレの中までは角度的に見えない。
ドアは、小さく音をたてながら揺れている。
僅かに近づくと、白い布のようなものが見える。
「誰かいるのか?」
俺はトイレの中を覗いた。
瞬間、俺の心臓が脱兎の様に跳ね上がり、全身の毛穴が一気に開放される。
女が首を吊っていた。
俺は腰を抜かした。24年生きていて、腰を抜かすなんて初体験だ。
いつから?なんで?どうして?
そんなことばかりが頭を巡る。
全身が震えていた。嫌な汗が這いずる様に、全身から流れ出ていた。

とにかく警察に連絡しなくては。
そう思った俺は、バイクに置いてあるケータイを取りに行った。
その瞬間、大きな衝撃音が鳴り響いた。
驚きのあまり、俺はその場で転倒した。
振り返ると、女がトイレの前に立って俺を見ている。
怯える俺から女は目を離すことなく、ゆっくりと右腕を上げると、仮設トイレを殴りつけた。
女の力で殴ったとは思えないような、大きい衝撃音が鳴り響く。
現実離れした光景に、俺は泣きそうだった。


902 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:36:35 ID:T70ctGeH0
女の首には、ロープが巻きついたままだった。
汚い白のワンピース。長いぼさぼさの髪。長い髪の間から、気味の悪い眼光が見える。
どうみても普通の女じゃない。
女は無表情で俺を見ながら、仮設トイレを殴りつけ、衝撃音を鳴り響かせる。
周りには誰も居ない。
暗い殺風景な空間に、腰を抜かす俺と仮設トイレを殴る女。
女は首を吊っていたはず。生きている?なんで?
そのうち、仮設トイレを殴りつけるスピードが上昇し、女が小声で喋りだした。
「見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた」
俺の血液は沸騰した。
「なんだ!?なんなんだ、おまえ!?」
俺は大声で怒鳴った。
「いたずらなのか!?こんな誰も居ないところで、こんな悪趣味なことすんじゃねぇよ!!!!」
女は手を止め、そのままゆっくりとうなだれると、「どうして?」とつぶやいた。
俺の血液は更に沸騰した。
どうして?意味が分からん。聞きたいのはこっちだ。
「なに言ってんだ、この!!!ボケアマァ!!!さっさとどっか行けぇ!!!!」
女は顔を上げ俺を睨む。
「嫌だ」
女はそう言うと自分の左腕に噛みついた。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ」
つぶやきながら、女は自分の左腕に噛みつく。
血が吹き出ても噛みつくことを止めない。肉の切れる音がする。
女は泣いていた。泣きながら自分の腕を食いちぎっていた。
女の口は血で真っ赤に染まっていく。腕からは白い骨が見え始めていた。
俺の脳裏に、『逃げろ』という言葉が閃光のように走る。
こいつは手に負えない。精神異常者だ。変態だ。変質者だ。

903 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:37:18 ID:T70ctGeH0
俺はバイクに向かって全力で走った。
逃げなければ俺が食われる。そんな思いが全身を駆け抜けた。
メットを手に取り後ろを見ると、あの女がいない。
なぜ、居ない!?
その瞬間、俺の肩に何かが触れた。
あの女の血まみれの左手だった。
女はいつの間にか、俺の真後ろにいた。
「置いてかないで…」
女がそう言うのと同時に、手に持ったメットを女の顔面に叩きつけた。
これ以上無い程の全力で、俺は女を殴った。
女は口と鼻から血を噴出しながら、後ろに仰け反る。
それでも女は、俺の肩から手を離さない。
俺は何度もメットを女の顔に叩きつけた。俺は絶叫していた。

ようやく女が俺の肩から手を放し、後方に倒れる。
メットを女の顔面めがけて全力投球した後、バイクで俺は逃走した。
なんだ!?あれはなんなんだ!?
恐怖と不安を振り払うように、俺はアクセルを捻った。


904 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:38:38 ID:T70ctGeH0
次の瞬間、俺は見覚えのないベッドの上で目が覚めた。
病院?何で病院なんかに?
そこは明らかに病院だった。何故自分がここに居るのか、全く記憶がない。
俺は北海道の道の駅で、キチガイの女から逃げている最中だった。
なのに、その先の記憶がない。
何故か俺は病院の中に居る。
怪我はしていない。事故を起したわけでもない。
俺は病室の外に飛び出ようとした。
ドアが開かない。外側から鍵がかけられている。
「誰か、誰かいませんか!?」

すると、看護師と思わしき男が出てきた。
「どうなさいました?」
「いや、あの、ここはどこですか?俺は何でこんなところに居るんですか?」
看護師は溜息をつくと、
「担当の先生との診断がそろそろ行われますので、詳しい話はそこで」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
俺は頭が混乱した。
ここはなんだ?何故、病室に俺は閉じ込められている?
ふと、ベッドの脇に目をやると、ノートが置いてあった。
ノートを手に取り、中を見ると、そこには俺の文字がびっしりと書き連ねて在った。
『助けてくれ。あの女が。殺したのに。誰も俺を信じてくれない』
内容の意味はさっぱり分からないが、筆跡は間違いなく俺の字だった。

905 : ◆lWKWoo9iYU:2009/06/11(木) 10:39:21 ID:T70ctGeH0
暫くノートに見入っていると、ドアの鍵が開く音がした。
振り向くと、さっきの看護師の男と、警察官の姿をした男が入ってきた。
警察官が俺の手首に手錠を嵌める。
「ちょっと、何で手錠なんか!?」
警察官は黙って俺を殴りつけた。
倒れた俺を見下しながら警察官は、「面倒をかけるな」とだけ言った。
二人の男に連れられ、俺は診察室と書かれた部屋に入れられる。
白衣を着た医者のような男が待ち構えていた。
二人の男は部屋から出て行き、俺と医者の二人きりになる。
「調子はどうかね?」
医者が問いかける。
「訳が分かりません。何故、俺はこんなところに居るんですか?俺は北海道に居たはずです。
俺は家に帰りたいです。家に帰して下さい」
「君に帰るところなどない」
「え?」

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