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【長編洒落怖】つきまとう女

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789 :顛末 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:21:10 ID:j0e1jDQW0
「いいか?続けるぜ?」
俺は無言で頷いた。なるべく男の顔を見ないように気を付けた。
「奈々子は警察に助けを求めたが、全て無視された。
親父はクソだが、精神科医としてはエリートだった。
警察にも協力していたし、署の幹部とも仲が良かった。
奈々子は対応した警察官に、人格ごと全てを否定されて追い返されたんだよ。
更に絶望した奈々子は、遂に精神を病んで、精神病院に入院した。
しかも、親父の病院にな。
そこでも奈々子は酷い扱いを受けた。
警察に訴えた奈々子を、親父は許さなかった。
奈々子の担当の看護師に言いつけて、奈々子を毎日のように暴行させた。
信じられるか?それをやらしたのが実の父親なんだぜ?
そして奈々子は自殺した。どこからか持って来たロープで首を吊ってな。
そこで俺は初めて泣いたよ」
黙って俺は男の話を聞いていた。
男の家族と俺の家族。まるで正反対の家族だった。
「奈々子は自殺した後、この世を彷徨い、俺の所に来た。
奈々子には才能はあったが、俺のような能力はなかった。
だから、俺に復讐の話を持ちかけたんだ。俺に協力しろってな。
勿論、それを俺は断ることも出来た。
だが俺は、奈々子が死んでから初めて気付いた感情に逆らえなかった。
俺は奈々子を愛していた。自分勝手な話だがな」

790 :顛末 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:21:58 ID:j0e1jDQW0
「俺は奈々子に協力し、親父と警察官、それと看護師を殺した。
俺はそれで奈々子が満足すると思っていた。
だがそれは違った。
俺は霊というものに対する知識を、中途半端に持っていたに過ぎない。
どんなに復讐を遂げても、奈々子はもう死んでいる。
俺の目の前に居る悪霊と化した奈々子は、奈々子であって奈々子じゃない。
ただの情念の塊だ。情念の塊が満足して消えることなんて絶対に無い。
俺は落胆したよ。
親父も含めて3人も殺したのに、ただ奈々子の形をした悪霊が増大しただけだった。
そんな時にお前が現れた。
ただの復讐の情念の塊だったはずの奈々子が、お前に魅かれた。
俺にとっては驚きだったよ。もしかしたら、と変な希望まで持っちまった。
だが、奈々子は死んでいる。普通の生き人とは一緒に居られない」
「それで俺を殺そうと思ったのか?ふざけるな」
「ああ、今思えば愚かもいい所だ。だが、俺にとっては希望だった。
お前と居れば、奈々子は奈々子として戻れるんじゃないか、とな」
男の話に俺は納得がいかなかった。
「ただ殺すだけなら、お前には何時でも俺を殺すことは出来たはずだ。
何故すぐにやらなかった?何故あんな回りくどいことをする?」
俺は男に問いただした。男の表情に変化はない。
「単純にすぐに殺しても、霊はこの世に留まらない。すぐに消えてしまう。
苦しめて、追い詰めて、不条理を与えることで、霊はこの世に強い情念を残し、長く留まる。
お前には未来永劫、奈々子と一緒に居て欲しかった」
男の言葉に、俺は全身が震えた。

791 :顛末 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:22:43 ID:j0e1jDQW0
「北海道から帰ったお前は交通事故を起こし、重症を負った。
あれも俺の仕業だ。
お前の会社の人事部長の脳に侵入して、解雇通知を書かせたのも俺だ。
左腕の骨折だけ治りが遅かっただろ?あれも俺だ。
その他諸々。お前には色々、仕掛けたな」
俺は震える拳を押さえた。
「殴っても良いんだぜ?そこで我慢するのは、元サラリーマンの悲しい性か?」
俺は男の左頬を全力で殴った。男は椅子から転げ落ち、地面に平伏した。
「まあ、一発くらいは殴らせないとな…」
男はそう言うと椅子を元の位置に戻し、再び腰掛けた。
俺は怒りで全身が熱くなっていた。

「落ち着けってのは無理な話かもしれないが、話は最後まで聞け。
俺はお前に感謝しているんだ」
「感謝だと!?」
「最後にお前が奈々子と一緒に居たときの話だ。
あの時、俺はオカマの部下に押さえつけられ、床に平伏していた。
事の終わりを見届けろとオカマに言われ、俺はお前たちを見ていた。
あの時…、俺は眼前の光景に我が眼を疑った。俺は奇跡を見ていた。
ただの復讐の情念の塊だった奈々子は、そこには居なかった。
お前も見ただろ?あの奈々子が本当の奈々子だ。生前の頃の奈々子だったんだ。
アイツはただのか弱い女だった。あれが本当の奈々子の姿だったんだ。
俺は泣いた。奇跡を前に、俺は子供のように泣く事しか出来なかった。
最初は光に群がる虫のように、奈々子はお前に魅かれただけだった。
それが何時しか、本当にお前のことを好きになっちまっていたんだ」


792 :顛末 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:23:34 ID:j0e1jDQW0
俺は震える拳を降ろし、黙り込んだ。
「お前も薄々気付いていたんじゃないか?」
そう言う男の顔からは、深海のような冷たさが消えていた。
最後に見たあの女の顔を、俺は思い出していた。
気が付くと、俺の眼からは涙が流れていた。
「泣いてくれるのか?」
男はそう言うと静かに俯いた。
「お前は優しい男だな。あんな事をした奈々子のために泣いてくれるなんてよ。
お前は本当にしぶとい奴だった。俺はお前の勇気に驚かされ続けたよ。
そして、家族の愛情に恵まれた、優しい男だ。
今なら奈々子の気持ちが俺にも判る。俺たちは愛情に飢えていた。本当にお前が羨ましい。
奈々子は生前、誰かを好きになることなんて一度もなかった。
こんな形じゃなく、奈々子が生きている間にお前と出会えていたら…。
お前のように俺にも勇気があれば、こんなことにはならなかった」

俺は泣いた。あの女を思い、泣いていた。
あの女は敵だ。あの女が俺に何をしたのかは忘れない。
それでも、俺の眼から流れる涙は止まらなかった。

男は椅子から立ち上がると、天を仰いだ。
「俺も奈々子も、散々人を苦しめた。天国には行けねぇ。
奈々子も地獄に落ちたよ。アイツは生まれ変わっても、また辛い人生を送る。
でもよ…、もし、お前がアイツに再び出会ったなら…。その時は…」
男は踵を返し、背を向ける。
「…自分勝手にも程があるか…」
男は静かにうなだれる。
その背中には、悲しみが色濃く映し出されていた。

811 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:55:36 ID:j0e1jDQW0
俺は事の顛末を知った。俺には泣くことしか出来なかった。
男とあの女の悲しい過去。俺の知らない家族の話。
全てが俺の胸に突き刺さり、涙を溢れさせていた。
俺はただただ悲しかった。
「じゃあな」
男はそう言うと、俺から離れていく。
「これから、お前はどうする気なんだ?」
俺の問いに男は足を止める。
「俺には初めから守護霊なんてものはいない。
自分の身は自分で守ってきた。
だが、俺はもう能力を封印する。
俺がお前を苦しめたように、今度は俺が苦しむ。
もう、お前とは会うこともねぇ。
俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ」

そう言うと男は、俺の目の前から消えた。

812 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:56:17 ID:j0e1jDQW0
俺はレストランのトイレに戻ってきていた。
トイレの洗面所で泣き腫らした顔を洗った。
俺はあの男の言葉を思い出していた。
『俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ』
あの家族に救いは訪れないのだろうか。
一度人は道を外すと、元には戻れないのだろうか。
俺は世の無常を感じていた。

トイレから出た俺は、家族の待つテーブルに帰ってきた。
幸せな光景。あの家族は、この光景を一度も見たことは無いのだろうか。
俺の胸は切なさでいっぱいだった。
「ちょっとぉ、なにボーとしてるのよ」
姉の声に俺は我に返る。
「ああ、悪い。ちょっと考え事しててさ」
「さっきから、あんたの携帯、鳴りっ放しだったよ。
なんか、出ても悪いかなぁと思って放置してたけど」
俺は自分の携帯を見た。確かに5件も着信履歴が在る。
相手はジョンの携帯だった。
何の用だろうか。俺はリダイヤルした。
「もしもし。お兄さんですか?」
「ああ、なんだ、ジョン?何回も着信履歴が入っていたけど、急ぎの用事か?」
「いやぁ、俺がお兄さんに対して、急ぎの用事って訳じゃないんですけどね。
社長が今すぐ事務所に来いって」
「社長が!?」

俺は携帯を切ると家族に謝り、レストランを飛び出した。
社長を待たせること程怖いことは無い。

813 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:56:58 ID:j0e1jDQW0
全力で走り抜け、俺は社長の待つ探偵事務所に辿り着いた。
「ご…御用件は…はぁ…はぁ…なんですか、社長…はぁ…はぁ」
社長はタバコを灰皿に押し付けた。
「はぁはぁ気持ちが悪い!先ず呼吸を整えろ馬鹿!」
俺の目の前に一杯の水が差し出された。
「お兄さん、飲んでください」
ジョンだった。
「ああ…、ありがとう。ジョン」
ジョンは優しく微笑んだ。

ジョンのくれた水を俺は一気に飲み干し、呼吸を整えた。
「良いか?とりあえず、この書類に眼を通せ」
社長の差し出した書類を俺は見た。
そこには『内定通知書』と書かれていた。
「これは…、なんですか、社長?」
俺は唐突な書類の内容に戸惑った。
「見て判らないか?お前を我が社に採用すると言っているのだ。
お前は未だに無職なのだろう?私がお前を雇ってやる」
社長の言葉に驚いた俺はジョンの顔を見る。
ジョンは笑顔でサムズアップをしていた。

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