【師匠シリーズ】ビデオ 後編

76 :「ビデオ」これまでのあらすじ:2009/02/22(日) 13:30:11 ID:V+ulYumq0
・前編
ワケあり物件を横流ししてくれる悪徳坊主から5万で買い取った「やばいビデオ」。
そこには列車に飛び込むコートを着た人物が映っていた。
これは投身自殺の瞬間を写したビデオなのだろうか。
調べてみると事実その場所その時間に人身事故は起きていた。
犠牲者の名前は「サトウイチロウ」。
・中編
驚くべき事が判明した。
「サトウイチロウ」は、昭和の時代から、いくつもの駅で、何度も轢死体として処理されていた。
各地で見つかる「サトウイチロウ」の轢死体。
しかし「サトウイチロウ」の飛び込む瞬間を見たものは誰もおらず、生前の姿を見たものはいない。
更に「サトウイチロウ」の轢死体には、圧倒的に不可解な点が残るのだ。
果たして「サトウイチロウ」とは何なのか。
そしてこのビデオの「やばい理由」とは?


81 :ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:10:27 ID:vbLvaS0Q0
師匠の部屋を出てから、自転車に乗って街なかをしばらくうろうろしていた。
考えがまとまらない。情報が多すぎる。官報の無機質な記事の中で、無数の人々の様々な死を追体験した俺は、人間の死とはなにか、人間の尊厳とはなにか、勝手に浮かんでくるそんな問いの答えをぐるぐると考えていた。
結局、黒谷という師匠の知り合いから買い取ったあのビデオは、駅員たちの怪談じみた噂話の中にだけ存在していたはずの、奇怪な死者の姿を画面の端にとらえていたものだった。
そしてそのビデオは供養のために寺に持ち込まれた。
なにか変だ。元駅員の二人から話を聞き、官報まで調べて俺たちはその死者の正体、いやそのしっぽにたどり着いた。だからあのビデオが恐ろしい代物だということを知っている。
けれど、ビデオを撮影した人間にとってはどうだ。ただ、素人の映像劇の撮影中に偶然撮れた鉄道事故の瞬間に過ぎない。確かに気持ちの良いものではないが、そこまで怯えるべきものだろうか。
俺たちは、このビデオがヤバイと聞かされて、積極的に情報を集めたからこそサトウイチロウにたどり着いたのだ。ただの鉄道事故の映像から、同じように情報を辿れるものだろうか。
なにか俺の知らない別のファクターがあるのかも知れない。
……
気がつくと駅前まで来ていた。
時計を見る。午後四時半過ぎ。財布を見る。一万円札がチラッと覗く。
「行ってみるか」
あのビデオの舞台である前原駅は多少遠いが今日中に行って帰れる距離にはある。
さっき師匠の言葉にビビらされた後だというのに、我ながら現金なものだ。好奇心が恐怖心にもう勝ってしまっている。というよりも師匠の話し方の問題なのだ、という気がする。

84 :ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:15:07 ID:vbLvaS0Q0
あの人は必要以上に俺を怖がらせようとする傾向がある。それに嵌ってしまう俺も俺だが。
キオスクで弁当を買って、ちょうど出発するところだった快速に乗る。
帰宅ラッシュにはまだ少し早い時間だったので、四人掛けの席の奥に座れた。
黙々と弁当をかきこむ。考えたら朝からなにも食べていなかった。ろくに自炊もしてないから、食べることに関しては本当に適当だ。
それからスーツ姿の人たちや学生服の群れで車内は込み始め、俺はざわめきの中で考えごとをしながら心地よい振動に身を任せていた。
一度乗り継ぎをしてから、結局特急料金を払わずに目的地にたどり着いた。
前原駅だ。
本当に田舎じみた周辺の駅よりは多少ましだが、それでも小さな駅だという印象は否めない。
伸びをしてから、一緒に降りた数人の客と改札へ向かう陸橋の階段を上る。日が落ちかけて、駅の構内は薄暗くなってきている。
改札の前に立ち、両手の人差し指と親指とでフレームを作って移動することしばし。見覚えのあるアングルを発見する。
ここだ。あのビデオはここから撮影していたのだ。そう思うと、何故だか分からないけれど身震いするものがある。
ホーム側にちょっと奥まったところだ。この角度では線路は見えない。
画面の端に映っていた「高遠駅」の矢印も確認する。あの特急列車が向かった駅だ。そういえば、サトウイチロウにまつわるこの前原駅の事件の一つ前は高遠駅で発生している。
特急列車の通過する駅の順番と、事件はなにか関係があるのだろうか。
頭の中でうろ覚えの地図を再生するが、事件の発生順と駅の並びには法則性はないようだ。バラバラに起きている。
バラバラ……
その単語を思い浮かべた瞬間、視界の隅、向かいのホームに灰色のコートが見えた気がして思わずハッとする。

85 :ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:19:24 ID:vbLvaS0Q0
気のせいだったようだ。そんなものはどこにもない。そもそも、今は夏なのだ。全身を覆うようなコートなど、まともな人間が着ているはずはない。
複雑な気持ちでベンチに腰掛ける。俺はなにか起こって欲しいのだろうか。だいたい、ここにはなにをしに来たのか。
うつむき加減の目の前を、様々な形の靴が通り過ぎる。家に帰るのだろうか。誰も彼も足早に見える。
ふと、以前師匠とやったゲームを思い出す。雑踏の中で、無数の通行人の足だけを見る役と、顔だけを見る役を決めて、それぞれ別々に通った人を数えるのだ。
通路のようなある程度狭い場所でやっても不思議なことに計数した数字が異なることがある。単なる数え間違いのはずなのに、なんだか薄気味の悪い思いをしたものだ。
それから俺はベンチから腰を上げて駅の中を歩き回り、勇気を出して駅員にサトウイチロウの噂のことを聞いたりした。
けれどその配属されて一年目だという若い駅員は、その噂を知らなかった。それどころか五年前の事故のことも知らなかった。今いる先輩もここ三、四年でやってきた人ばかりだという。
当時の駅員が今どこにいるか知りませんか、と聞いてみたが「さあ」とめんどくさそうな答えが返ってくるだけだった。
その事故の時、死体を片付けた人の話を聞けばなにか分かるかも知れないと思ったのだが、簡単にはいかないようだ。
(サトウイチロウを片付けたら呪われる)
吉田さんはその死体処理をした数日後に、自家用車の事故で指を三本失う大怪我を負った。
だが、「自分はまだいい」と語る。なぜなら、一緒に肉片を集めた先輩の駅員は、その一ヵ月後に自宅の鴨居で首を吊って自殺したのだという。
全然そんなそぶりも見せなかったのにと、関係者はみんな首を捻ったけれど、吉田さんだけは思わず念仏を唱えた。

87 :ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:22:35 ID:vbLvaS0Q0
無関係なはずはない。
そう思ったのだという。
「片付けたら、呪われる」
ホームの隅のベンチに腰掛け、サイダーの蓋を開けながら口にしてみる。頭の隅にある引っ掛かりの一つが、そこだった。
片付けたら呪われる。あのビデオが寺に持ち込まれた理由がそこにあるのか。
いや、違う。
何故なら、ビデオを撮影していた二人は死体に触れられなかったはずなのだ。カメラを持って線路に近づこうとした時点で駅員に制止されている。
そこから制止を振り切って線路に降り、死体を片付けるなんてことが出来たとは思えないし、そんなことをする理由もない。
では、なぜビデオは寺に持ち込まれることになったのか。
考える。
死体を片付けていないのに呪いを受けたというのか。なぜ。
ビデオに撮影したからか。それだけのことで?
いや、待て。何か忘れている。
ビデオでは、コートの人物が線路に落ちるまで誰もそちらを見ていない。まるでそこにいても目に入らないかのように。
そして、特急列車が通り過ぎて轢死体が現れて初めて、騒ぎになったのだ。
そうだ。吉田さんも言った。誰も死ぬ瞬間を見ていないと。あれは、最初から最後まで死者だと。
だから俺も思ったのだ。誰も見ていないはずの死者が、立って動いている姿を自分たちは見た。それは、とても恐ろしいことではないかと。
同じなのかも知れない。
ビデオを撮影した二人も、その瞬間には気づいていない。けれど後で気づいただろう。
家に帰り、テープを再生した時に。灰色のコートの人物が、ホームの端からふらりと線路に落ちる瞬間を。

92 :ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:27:18 ID:vbLvaS0Q0
ただそれだけのことで。見たという、ただそれだけのことで、彼らの身に何かあったのだとすると。
本人ではなく、身内だとすると年齢からして母親と思われる女性が、寺に供養を頼みに来たのだとすると。まるで忌まわしい遺品を処理するようではないか。
見たという、ただ、それだけのことで。
そんなことを考えていると、ベンチに触れている腰のあたりにじっとりと汗をかいてきた。
俺も見た。
風が止んでいる。
どこからかひぐらしの鳴く声が聞こえる。すっかり暗くなり、人影もまばらな駅の構内に、その声だけが通り抜けていった。
それから俺は、やけに疲れた足を引きずるように帰りの電車に乗った。現地に来たものの、ほとんど収穫と言えるものはなかった。
動き出した電車の、ガタガタと揺れる窓を見ながら頬杖をついて物思いに沈む。何時に着くだろう。遅くなりそうだ。明日が土曜日でよかった。もっとも、平日でも関係なしにバイトや遊びにうつつを抜かす学生なのであったが。
よほど疲れていたのか気がつくとウトウトしていた。車内は閑散として客の姿もほとんど見えない。頭を振る。胸騒ぎのようなものを感じた。
そして、今どの辺だろうかと窓の外に目をやった瞬間だ。
頭の中をゆるやかな衝撃が走り抜けた。その影響はじわじわと心臓付近へ降りてくる。ドクドクと脈打ち始める。
夜景だ。どこかで見たことのある、暗闇の中、視界の左右に伸びる光の粒。
窓の外に流れるその光景に目を奪われていた。あれは北村さんと話した日。寝る前に電気を消した時に見た幻。瞼の裏に映った、そこに見えるはずのない夜景。
全く同じ構図だ。いや、あやふやな記憶が今この瞬間に修正されていくのか? 分からない。立ち上がりそうになる。

96 :ビデオ 後編   ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 21:31:51 ID:vbLvaS0Q0
デジャヴなのだろうか。違う。北村さんと話した日、バイトがあったからあれは水曜日。その時、夜景を見たのは確かだ。記憶の混濁ではない。なんなんだ。
俺は混乱していた。
水曜日ということは、一昨日だ。今見ている光景を、二日前にまるで予知したかのように見ていたというのか。
あの夜、俺の瞼の裏には、まるで混線したように二日後の俺の視界が映し出されていた?
混乱する頭を抱えたまま電車は進む。やがて夜景も見えなくなった。名前も知らない街の光が。
漠然とした不安を抱えたまま、ホームタウンの駅に着いた時には十時近くになっていた。
駅ビルから出ると、駐輪場から自転車を出して来て、のろのろとまたがる。
足に力を入れると夜の街の景色がゆっくりと流れていく。まだ電車に揺られているような、ふわふわした感じ。
自転車に乗ったまま半分夢うつつだった気分が吹き飛んだのは、深夜まで営業しているスーパーの前を通り過ぎてしばらくしてからだ。
まばたきに合わせるように、目の前に光の軌跡が現れた。暗い歩道を自転車で進んでいる時だ。
なにもないはずの目の前の空間に、さっき通ったばかりのスーパーのケバケバしい明かりが、その光の跡が浮かんでいるのだ。
まただ。瞼の裏に浮かぶ光の幻。今度はたった数分前に通ったスーパーが。なんだこれは。そんなに疲れているのか。
困惑しながら自転車をこいでいると、また別の光が見えた。闇の中にぼんやりと浮かぶ四角い光。
薬局だ。スーパーから少し先に行った所にある薬局の看板。もちろん、とっくに通り過ぎている。
頭がくらくらする。
なんだこれは。次から次へ。まるで追いかけられているような気持ちなってくる。

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