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【洒落怖】白ん坊

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731 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/::2014/06/28(土) 10:39:21.88 ID:/1er3RsM0.net
ほんのりよりは怖いと思うけれど、洒落にならない程ではないと思うお話投下します。
かなり長文になってしまう事お許しください。


時期や場所は詳しく言えないけれど私の父の実家がある場所にまつわるお話。

父の実家はとにかくドがつく田舎、集落には両手で数えきれるほどしか家が無い。
山の奥なので土地だけは豊富にあったが、買い物や病院に行くにもバスを乗り継いで
半日はかかるという恐ろしい土地だった。

父から聞いたことによると、集落にある家は全部同じ苗字で、
父が小さい頃は個々の家にはまだ電話がなく、
集落以外の場所へ連絡をとる時は一つだけある商店に設置された電話を使った。
集落の土地はかなり広いので各々の家は距離が離れていた。その為回覧板はなく、
連絡事項は長老さんと呼ばれる家に設置された機材から、集落の中の電柱に設置された
オレンジ色のメガホンみたいなスピーカーで流していた。
そんな不便な場所にも関わらず集落には若い夫婦が何組かいて、
学年はばらばらだが小学生の子供が何人か居た。

私たち家族は普段は母方の実家に近い、比較的開発の進んだ場所に住んでいた。
例年お盆は父の実家で過ごすのが小さい頃からの恒例で、
車で何時間もかけて行くその集落は自然がいっぱいの別世界、
私は毎年お盆が楽しみで仕方がなかった。

732 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/06/28(土) 10:39:49.05 ID:/1er3RsM0.net
私が小学4年生の夏休み。父方のおじいちゃんの家に泊まった次の朝
私が泊まりに来ていることを知った近所の子供(Aちゃん)が遊びに来た。
Aちゃんは私より一つ年上で、集落の分校に通っている子供の中では最年長、
そしてただ一人の女の子だった。
年に一度しか会えない友達で小さい頃はとても仲良しだったけれど、
毎日年下の男の子に囲まれて実質ガキ大将のようだったAちゃんとは
ここ数年あまり話が合わなくなってきていた。
私は当時流行っていた女性アイドルグループに夢中で、
Aちゃんは毎日泥んこでチャンバラごっこをやっている、
そんな感じで一緒に遊んでもつまらないと感じるようになっていたからだ。その日私は、

夏休みに入ってから自分のお小遣いで買ったキラキラしたビーズの髪留めを
つけていた。遊びに来たAちゃんは開口一番、それちょうだい!と私の髪留めをむしり取ろうとした。

今になって思えば、Aちゃんも少しずつ思春期を迎えて女の子らしくなりたいと考えてい
たのかも知れないけれど、当時私は自分で買った大事な宝物を取られてしまうのが嫌で必
死に抵抗した。Aちゃんは怒って「もう遊んでやらない」と言い残して帰ってしまった。

734 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/::2014/06/28(土) 10:41:28.39 ID:/1er3RsM0.net
毎年、泊まった次の日は朝から昼まで、家の中でお盆のお供養があるからと外に遊びに行か
されていた。もともと一人遊びも嫌いじゃなかった私は、Aちゃんとケンカしたことは少し
引っ掛かっていたものの特に支障なく裏庭で遊んだ。

10時をまわった頃、庭にまたAちゃんがやって来た。さっきあんなに喧嘩したのに、何事
もなかったかのような笑顔で話しかけてきたので私はほっとした。Aちゃんは私の前にしゃがんで、
「いいこと教えてあげよっか」と訳知り顔で言った。

私がうん、と言うと、Aちゃんは口に手を添えて、私の耳に内緒話をするみたいにして鼻歌
まじりの不思議な歌を歌い出した。メロディは唱歌の「浜辺の歌」に少し似ていた。

歌い終わったAちゃんが言うには、その歌は「聞くととっても良いことがある秘密の歌」ら
しい。ナイショのおまじないだよ、大人に言っちゃだめだよ、そう言い残してAちゃんは走
って家に帰ってしまった。

お盆のお供養が終わって、じいちゃんが私を呼びに来た。お昼ご飯はそうめんとおばあちゃ
ん手作りの山菜の入ったちらし寿司で、家族皆で楽しく食べた後、眠くなった私は仏間の隣
の部屋で寝転がった。

735 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/::2014/06/28(土) 10:43:17.17 ID:/1er3RsM0.net
目を覚ましたのは4時だった。じいちゃんの家の古い柱時計がぼん、ぼん、と四回鳴って、

家の中は一番暑い時間だった。山に囲まれた集落は日が落ちるのが早くて、昼間と違って外
から入り込む光が少しだけオレンジがかっていた。じーわじーわ、かなかなかなかな、ひっ
きりなしに蝉の声が聞こえてた。
ああ、寝ちゃったんだと思いながら体を起こした。頭がクラクラして、父と母も、祖父と祖
母も近くにいない。毎年だったらお供養をした日の夕方はみんなでお墓参りに行っていた
時間で、寝てしまった私を起こさずに置いて行ったんだろうと思って気にせずに、また畳の上に横向きに寝転がった。

そこで、動けなくなった。

じいちゃん家の畳は古くて、日焼けして赤茶色になっている。ばあちゃんが熱心に掃除をし
ているからか、所々ニスを塗ったみたいなあめ色になっていて、その畳の一畳分向こうに、

白いお餅の塊みたいな赤ん坊がこっちを向いてごろんと寝転がってた。

金縛りという現象なのか、体は手足も指先も縛りつけられたみたいに動かなくなっていて、
唯一息をする所だけが動かせた。寝転がった赤ん坊の鼻のあたりに焦点があってしまった
まま目玉も動かせず、瞼も固めたみたいに動かなかった。

赤ん坊の顔は真っ白で、この状況を理解できてない頭の中でこれじゃ白ん坊だよなぁなん
て思った。黒目の大きい瞳で、口はお餅に入れた小さな切れ目みたいだった。ふくふくした

柔らかそうなほっぺが餅が膨らむみたいにもりーっと持ち上がって、ああ口がどんどん開
いてるんだな、泣くのかな、と思って、けれどおかしい事に気が付いた。


736 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/::2014/06/28(土) 10:44:46.60 ID:/1er3RsM0.net
口が大きすぎる。目玉が動かせなくてずっと見つめている小さな鼻がどんどん上向いて持
ち上がって、鼻筋どころか目と目の間に小鼻が食い込んでもまだ盛り上がる。そのうち焦点
があっていた場所に鼻はなくなり、口の部分から広がった大きな穴がぽっかり覗いた。さっ
きまでぷーっとしていて可愛く見えた筈の顔の大部分が穴になって、まるで黒いボーリン
グの玉に赤ん坊の顔面の皮を無理やり被せたみたいに見えた。

怖いのに目が離せない。瞼が閉じられなくて、目が痛くて涙で視界が滲んだ。赤ん坊の口は
更にどんどん広がっていって、ついに顔中が穴になった。もう目も鼻も捲れあがって、白い
赤ん坊の体の上に、首の代わりにウツボカズラが乗っかっているみたいだった。
ああ、食べられる、と思った。涙でじんわりした視界の中で相変わらずふくふくしたままの
白い手足がクモみたいにうねうね動いて、ウツボカズラみたいな大穴がこっちを向いた。

真っ黒い穴の奥には、ぎっしりと白いものが詰まってた。お饅頭みたいな大福みたいな、お
にぎりみたいな白いころんとしたもの。
目に溜まってた涙が頬っぺたにボロッと流れて、一瞬だけど視界がよくなった。
全部、真っ白い赤ん坊の手だった。口だった穴の奥底から、お、あ、あ、と大人の男みたいな
声がした。

うわああ、と私の喉から声が出た。それど同時に体が動いた。逃げなきゃ、食われる、そう
思って手足をじたばたさせたら、しわしわの大人の手でそれを押さえつけられた。
じいちゃんとばあちゃんが暴れる私の手足を押さえて、大丈夫か、しっかりしろ、と声をか
けてきた。傍にお父さんとお母さんも居た。助かった、そう思って、私は泣きじゃくった。

737 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/::2014/06/28(土) 10:46:18.14 ID:/1er3RsM0.net
涙が止まって、気持ちも落ち着いてすぐに、私はさっき見た怖い夢の話をした。

じいちゃんは珍しく厳つい顔をして、父と母はもう大丈夫だよと私を抱き締めてくれた。
もう4年生だったけれど、今夜はお母さんが一緒に寝てくれると言った。
そして、何度もうんうん頷きながら私の話を聞いていたばあちゃんは、その日の晩御飯の後
で、私を仏間に連れて行った。仏壇の傍の座卓にはじいちゃんも座っていた。
「孫ちゃん、今日みたいな怖い夢を見ないように、良いことを教えてあげる」
そう言いながら、ばあちゃんは歌を歌ってくれた。

昼間、Aちゃんが庭で歌った、あの歌だった。

私がAちゃんの事を言うと、いつもはにこにこして優しいじいちゃんが無表情のまま立ち上がっ
て仏間を出て行った。ばあちゃんは私の手をとって、私を膝に乗せながらその歌を一小節ず
つ、丁寧に丁寧に教えてくれた。
もう怖い夢を見なくて済むように、これからはこの歌を毎日歌ってから寝なさい。Aちゃん
が言った通り、良いことがある歌だよと言って。

その晩、寝る前に私はその歌を口ずさんだ。父も母もその歌を知っていて、3人で一緒に歌
ってから眠りについた。怖い夢は見なかった。その次の日、私たちはじいちゃんばあちゃん
と別れて家に帰った。

738 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/::2014/06/28(土) 10:50:26.99 ID:/1er3RsM0.net
あの日の出来事について詳しく知ったのはだいぶ後になってからだった。
4年生の夏休み以来、毎年恒例だったお盆のお泊りが2~3年に一回の行事になった。私も
中学生になって勉強や部活が忙しかったりであまり気にはしなかった。

ある年の春先、じいちゃんが亡くなり、私たち家族は初めてお盆以外の時期にその集落へ泊
まった。私も母も父も泣きじゃくってじいちゃんを見送り、ばあちゃんを私たちの家に暮ら
させようという相談もしたけれど、ご近所の人が助けてくれるしこの土地で骨を埋めたい
というばあちゃんは説得できなかった。

お葬式も終わり、いよいよ帰ることになった日の朝。4年生のあの年以来疎遠になってし
まっていたAちゃんが訪ねてきた。Aちゃんは大人っぽい、綺麗な女の人になっていた。
開口一番、Aちゃんは私に頭を下げながら「あの時はごめんなさい」と謝った。訳が解らな
くてきょとんとしている私を見て、奥の間から出てきたばあちゃんが「そろそろ話しておか
なきゃいけないね」と言って、あの時のように私とAちゃんを仏間へ連れて行った。
あの時座卓に座っていたじいちゃんは、遺影になって仏壇の所に飾られていた。

以下は、ばあちゃんが話してくれた方言まじりの昔話を要約したもの。

父の実家があったこの土地は、初め、ある理由があって村八分にされた一家が落ち逃れてき
た事から始まった。(被差別部落という訳ではないそうだ)
集落の苗字が同じなのはその為で、もともとは一つの家から始まった遠い親戚の集まりだった。
何十年もして村八分が解かれた後も、集落の人々は周りの土地に干渉されるのを嫌っ
て内輪だけで栄えてきた。
近親の結婚が続いたせいか、知恵の遅れた子や障害を持った子供がよく生まれたのだそう
だ(ばあちゃんはわろごと呼んでいた)
元々この土地は肥沃な上、少人数の集落だったので食べ物に困って口減らしをすることは
無かった。けれど少人数であるが故に子供は大事な働き手であり、仕事をすることができな
いわろご達はそうであると解った時点で殺してしまった。

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