【師匠シリーズ】怪物 「結」上

265 :長くなったので   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:42:25 ID:ScuN9+/G0
「結」は二つに分けました。
こんな時間ですが、「結」上を投下します。
「結」下は今夜。たぶん、いけると思う。現在、変な改行に精を出しています。
もし起きている人がいたら支援をお願いします。20レスくらいの予定。

267 :怪物  起承転「結」上   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 01:44:23 ID:ScuN9+/G0
その日の放課後、私は3年生の教室へ向かった。
ポルターガイスト現象の本を貸してくれた先輩に会うためだ。
廊下で名前を出して聞いてみるとすぐに教室は分かった。
先輩は私の顔を見るなりオッ、という顔をして手招きをしたが、席まで行くとすぐに両手を顔の前で合わせて謝る。
「ゴメン。今日はこれから部活なんだ」
剣道は止めたんじゃなかったんですか、と聞くと「文科け~い」と言ってトランペットを吹く真似をする。
吹奏楽部かなにからしい。
「一つだけ教えてください」
そう言う私に、「ま、座りなさい」と近くの席から椅子を引っ張ってくる。
その周りでは帰り支度をする生徒たちが私を物珍しそうに横目で見ている。
多少は時間をとってくれるようなので、順序立てて聞くことにする。
「先輩の家で起こったポルターガイスト現象は、イタズラでしたか?」
先輩は目を丸くしてから笑う。
「いきなりだな。でも違うよ。私だって驚いてた。ホントに目の前で花が宙に浮かんだりしたんだ」
「じゃあ原因はなんですか?」
「……あの本もう読んだんだ? 私に聞くってことは」
頷く。
「まあ、知ってると思うけど、あたしの家って両親が仲良くないワケよ。今も別居してるし。そんで小学4年生のころって、一番バチバチやりあってた時期なのよ。家の中でも顔あわせれば喧嘩ばっかり。子どもの目の前で酷い口論してたんだから。まるであたしがそこに居ないみたいに」
私のイメージの中で、シルエットの男と女がいがみ合っている。
そしてその傍らには10歳くらいの少女が怯えた表情で身体を縮ませている。
「超能力だか心霊現象だか知らないけど、たぶん原因はあたしなんだろうと思う。今となっては、だけど」
「じゃあ。どうやってそれが収まったんですか」


268 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/08/03(日) 01:46:43 ID:ScuN9+/G0
「昨日言わなかったっけ? 祈祷師が来たの。家に。そんで、ウンジャラナンジャラ、エイヤーってやったわけよ。そしたら変なことはほとんどなくなったな」
「祈祷師がポルターガイストを鎮めたんですか」
「……なんかいじわるになったね、あなた。分かってるクセに。
たぶん、満足したんだと思うよ。あたしが。『親がここまでやってくれた』って。
今でも覚えてるもん。両親が二人とも、祈祷師の後ろで必死になって手を合わせて拝んでんの。
それで、お祈りが終わった後にあたしの頭を抱いて『これで大丈夫だ』って二人して言うの。
それであたしもなんだかホッとして、ああこれで大丈夫なんだ、って思った。
最初は二人ともラップ音とか、お皿が割れたりしたこととか、なんでもないことみたいに無視してたのよ。
気味が悪いもんだから、気のせいだ、見てない、聞いてないってね。
それをきっとそのころのあたしは、自分を無視されたみたいに感じてたのね。
だから余計に酷くなっていったんだと思う」
結局、思春期の子どもが起こすイタズラと同じなのだ、と私は思った。
自分を見て欲しくて、構って欲しくて、とんでもないことをしでかすのだ。
それで怒られることが分かっていながら、しないではいられない。
それはアイデンティティの芽生えと深く関係している部分だからなのだろう。
自分が自分であるために、身近な他者の視線が必要なのだ。
「どうしてこんなことが気になるの」
先輩の目が私の目に向いている。
先輩もこの街を騒がせている怪現象の噂くらい聞いているだろう。
それが、たった一人の人間が焦点となっているポルターガイスト現象なのだと聞かされたら、笑うだろうか。
私はそれに答えないまま、別のことを言った。
「先輩が見たっていう怖い夢は、もしかしてお母さんを殺す夢ですか」
空気が変わった。
おっとりとして優しげだった目元が険しくなる。
「どうして知ってるの」
その迫力に呑まれそうになりながら、私は言葉を繋ぐ。
「先輩が言っていた、『ありえない夢』って、別居していていないはずのお母さんを、家の玄関で刺し殺す夢だったんでしょう」

269 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/08/03(日) 01:50:31 ID:ScuN9+/G0
ガタン、と椅子が鳴って先輩が立ち上がる。
「あなた、占いが好きとか言ってたわね。そんなこと、勝手に占ったの?」
しまった。怒らせた。
ポルターガイスト現象の焦点となったことのある人間に、あの夢はどう映ったのか。
それを聞いてみたかっただけなのだ。そこになにかヒントが隠されていると思って。
けれど先輩は私の言葉を完全に誤解し、修正が効きそうにない雰囲気だ。
いや、誤解ではないのだろう。
他人に触れられたくない部分を土足で踏みにじったのは事実なのだから。
「ごめんなさい」
私は深々と頭を下げる。
「もういいでしょう。部活、行くから」
先輩のその言葉に私は引き下がらざるを得なかった。
知らない人ばかりの3年生の教室の廊下を俯いて帰る。足が重い。(今度、ちゃんと謝らなきゃ)と思う。
そういえば占いなんて暫くしていないことに気がつく。
間崎京子はどうやって真相に近づいたのだろう。
またタロット占いでもしたのだろうか?
それとも私のように目と耳を使って情報を集め、推理を重ねていったのか。
5時間目の休み時間に教室を覗いてみたが、あいつは席にいなかった。
朝、廊下ですれ違ったので多分また早退だろう。
そういえばすれ違い様に「母親を殺す夢を見たか」と問い掛けたとき、あいつは「見てない」と言った。
遅刻しそうだったので、去っていく後姿を引き止めはしなかったが、あれは本当だったのだろうか。
確かにあいつの家は地図上のオレンジの円の端の方にあり、まだ見た夢を思い出せない人たちを表す緑色の点が存在するエリアの中なのではあったが、この不思議な現象が単に距離によるアンテナの精度だけに依存している訳ではないのは明らかだ。
1年生のフロアに戻った私は、まだ帰宅せず残っている他のクラスの生徒たちから出来るだけの情報を得る。
そして地図を蛍光ペンで埋めていった。
やはりだ。
赤、青、緑という夢に関する3つの色はバームクーヘンのようにはっきりエリアで別れているけれど、中にはオレンジの円の外周にあたる緑のエリアの中にぽつりと青い点があったり、青のエリアに赤い点があったりしている。
そういう子に追加取材を試みるといずれも霊的な体験をよくするという言質が取れた。

270 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/08/03(日) 01:54:27 ID:ScuN9+/G0
この私自身、木曜日に初めて見た夢を覚えていたのに、住んでいる家は金曜日を表す青い点のある半径エリアにあるのだ。
おそらく、直観だか、霊感だかのイレギュラー的な個人の能力もここには影響している。
それを踏まえて、考える。
あの間崎京子がまだ夢を思い出せない緑の点のひとつなどで収まっているものだろうか。
分からない。
あの女独特の、”得体の知れない感じ”のバックボーンがなんなのか、私にはまだ分からないのだから。
廊下や教室に人影もまばらになったころ、私はようやく蛍光ペンを置いた。
結局、高野志穂の他に、木曜日以前から夢を覚えていた人はいなかった。
高野志穂の家の近所に住んでいる子は居たが、その子は怖い夢を見ていることさえ気づいていなかった。
まあ、いい。出来る限りの精度は上げた。
地図に落とされたボールペンの丸をもう一度見つめる。
急ごう。
地図を鞄に仕舞い、私は校舎を後にする。
早足で歩き、一度家に帰って自転車を手に入れる。
サドルに跨りながら空を見上げるとまだ陽は落ちていなかった。さあ、行こう。そう呟いてペダルを漕ぎ出す。
途中、思いついて公衆電話に寄ろうとした。
しかしちょうど通り道にあった公衆電話は例の「お化けの電話」だ。
なんとなく嫌だったので、少し遠回りして別の公衆電話へ向かう。
ほどなくして電話ボックスにたどり着き、自転車を脇に止めて、中に入って受話器を上げる。
テレホンカードを入れて、覚えている番号をプッシュする。
コール音が数回鳴ってから相手が出た。いないだろうと思って、留守番電話に入れるつもりだったのに。
仕方がないので、忙しいから今日は会えないということを伝える。

271 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/08/03(日) 01:58:10 ID:ScuN9+/G0
案の定、ケンカになった。
毎週金曜日に会う約束をしていたのに、これで2週連続私からドタキャンしてしまった。
だからと言って別に浮気をしているワケではない。
止むに止まれぬ事情があるのだから。
逆に私へのあてつけのように、今夜は女を買うなどと口にしたことの方がよほど許せない。
「死ね」と言って電話を切った。
電話ボックスを出たときは頭に血が上り冷静さを欠いていたが、しばらく自転車を漕いでいると次第に我に返ってくる。
いけない。方向が違う。
自転車のカゴから地図を取り出して確認する。
この辺りはまだ青のエリアだ。ハンドルを切って方向を修正した。
立ち漕ぎで先を急ぐ。
景色がヒュンヒュンと過ぎ去っていく。
その中へ溶けていくように、涙がひと筋だけ流れて消えていった。
ホントに、私はなにをやっているのだろう。
駄目だ。このところ、心と身体のバランスを崩している。
ちょっとしたことで落ち込んだり、悩んだり。
今もこんな訳の分からないことでいつの間にか必死になっている。
いったい私はどうしてしまったのか。
『あなた、ちょっと変わったね』と昨日の夜先輩は言った。
高校に入ってから私は変わり始めてしまったらしい。何故なのだろう。
剣道部を続けていた方が良かったかも知れない。
そう思いながら自転車を漕ぎ続ける。
気がつくと私は赤のエリアに入っていた。そしてその最深部までは目と鼻の先だった。
ただのありふれた住宅街だ。今はなんの不吉な印象も受けない。なのに緊張してしまうのは頭で考えてしまうからなのだろう。
三差路の角を曲がったとき、私は心臓が止まるほど驚いた。
コンクリート塀に電信柱が無造作に立てかけられている。
元あったと思しき場所には穴が開いていて、そこからまるで力任せに引き抜かれたかのような痕跡が地面のひび割れとなって現れていた。
電線の角度が変わって片方はピンと張り、もう片方はたわんでブラブラと揺れている。

273 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/08/03(日) 02:01:27 ID:ScuN9+/G0
まるで子どもがおもちゃの箱庭で遊んでいるような現実離れした光景だった。
目に見えない巨大な手が空から降ってくるような錯覚を覚えて私は思わず身体を仰け反らせる。
聞き集めた怪現象の中にこんなものがあったはずだ。でもこれは多分別件だろう。
全く誰もこの異変に気づいた様子はない。
誰かにここでこうしているのを見られたらと思うと煩わしくなり、すぐに自転車を発進させた。
高野志穂の家はそこから5分と掛からなかった。
わりと新しい住宅が並んでいる一角の、青い屋根が印象的なこじんまりとした家だった。
家の前に自転車をとめて私は腕時計を見る。
彼女はバレー部の練習に行くと言っていたので、まだ部活から帰っていない時間のはずだ。
深呼吸をしてから呼び鈴を押す。
インターフォンから「はあい」という声がして、暫し待つと玄関のドアが開いた。
高野志穂に良く似た小柄な女性が顔を覗かせる。母親らしい。
「あら。どなた」
そう言いながらドアを開け放ち、こちらに歩み寄ってくる。
内側にチェーンは…………ない。
目線の動きを悟られないように素早く確認した後、私は出来る限りのよそいきの声を出した。
「志穂さんはいらっしゃいますか」
「あら、お友だち? 珍しいわねぇ。でもゴメンなさい。まだ帰ってないのよ。……どうしましょう。ウチに上がって待ってくださる? 散らかってるけど」
「いえ、いいんです。ちょっと近く来たので寄っただけですから。また来ます」
そう言って私は頭を下げ、申し訳なさそうな母親にヘタクソな笑顔を向けて自転車に跨った。
「さようなら」
家を辞する挨拶として、適当だったのか分からない。
ああいうときはなんと言うのだろう。お休みなさい、かな。でも少し時間帯が早いか。

274 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/08/03(日) 02:06:29 ID:ScuN9+/G0
そんなことを考えながら角を曲がるまで背中に高野志穂の母親の視線を感じていた。
あの家は、違う。
チェーンのこともそうだが、エキドナの気配はない。
根拠のない自信だが、エキドナの母親であればたぶん一度顔を見れば分かるはずだ。
さあこれからどうしよう。
地図をもう一度取り出して眺めると、ボールペンで丸をつけた部分は一見小さく見えるが、現実にその場に立ってみるとかなり広いことに気づく。
住宅街であり、そこに建っている家だけでも二桁ではきかない。
もう少し範囲を絞れないだろうかと考えて頭をフル回転させるが、いかんせんあまり性能が良くない。
やむを得ず、カンでぶつかってみることにした。
それっぽい家(なにがそれっぽいのか基準が自分でも良く分からないが)の呼び鈴を鳴らして回った。
表札に出ている子どもの名前を使おうかと考えたが、本人が居た場合話がややこしくなると考え、「志穂さんはいますか?」と言って訪ねてみた。
するとたいていの家では母親が出て来て「志穂さんって、ひょっとして高野さんの所のお嬢さんじゃないかしら」と言いながら、高野家の場所を口頭で教えてくれる。
そして私は「家を間違えてしまって済みません」と言いながら立ち去る。
なんの問題もない。
スムーズ過ぎて、なんの引っ掛かりもないことが逆に問題だった。
ドアにチェーンのある家も中にはあったが、エキドナがいるような気配は全く感じなかった。
応対してくれる主婦もごくありふれた普通のおばさんばかりだ。
もっと突っ込んで、家の中でポルターガイスト現象が起こっていないかとか、家庭内で子どもとなにか問題が起きていないかなどと聞いた方が良いのだろうか、と考えたがどうしてもそれは出来そうになかった。
クラスメートならともかく、初対面の人間にそんな変なことを聞いて回るだけの図太い神経を私は持ち合わせていないのだった。
日が暮れたころ、私は疲れ果ててコンクリート塀に背中をもたれさせていた。

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