【師匠シリーズ】心霊写真4

157 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE :2013/03/15(金) 21:47:17.85 ID:ArcSp/qC0
「じゃあ、わしはこれで。でも、加奈ちゃん、頼むよ。ほどほどでね」
住職が襖を開けて出て行こうとする。電球の明かりに、脂ぎったハゲ頭がやけに照り返している。
夏雄とアキちゃんの父、黒谷正月(しょうげつ)は名前のとおり正月が誕生日という生まれついてのおめでたい男だった。
親から寺を継いだものの、除霊だの焚き上げ供養だのといった胡散臭いことに商売っ気を出し、地元の檀家衆にも呆れられているそうだ。
それだけでなく、麻雀やパチンコ、競輪に競艇といった賭けごとが大好きで、伝来の仏像を密かに質入れしたことがあるという逸話を持っていた。
また、酒は人後に落ちないほど飲むし、女遊びも大好きというまさに生臭坊主を地で行く男であり、奥さんにはとっくに見切りをつけられ、離婚こそしてないが別居状態なのだと言う。
小川所長はその奥さんの弟で、所長からすると夏雄は甥っ子ということになる。
「いいから、早く行けよ」
夏雄に邪険に言われ、正月和尚はすごすごと出て行った。袈裟の裾が襖に挟まり、「あれ?」という声が襖越しにしたかと思うと、ぐいぐいと袈裟の端が向こう側に引っ張られて消えていった。
その滑稽な動きに、アキちゃんがクスクスと笑う。
ここは本堂ではなく、黒谷家の住居部分の一室だ。庭に面した畳敷きの広い部屋だった。旅館にあるようなテーブルが真ん中にあり、僕らはそれを囲んで座布団に腰を下ろしていた。
身体が弱いらしいアキちゃんはついさっき正月に見つかり、昼食の後に飲む薬を飲まされて顔をしかめていたが、機嫌は直ったようだった。
「だめだよ」
正月和尚の足音が去った後で、アキちゃんは笑いながら小さくそう言った。
僕はまた変な感覚に陥る。さっきヒノキの下で、「またきたね」と言って誰もいない場所を見ながらしきりに頷いていた。それと同じだ。
怪訝な表情を浮かべる僕に、師匠はこう訊いてきた。
「今、この部屋に何人いるか分かるか」
それを聞いて、思わずテーブルについている人間の顔を順番に眺める。
師匠。夏雄。アキちゃん。そして僕。
「四人ですけど」
その答えを確認してから、師匠は夏雄にも同じことを訊いた。夏雄は、興味なさそうな顔をしながらも、ボソリと言った。


158 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/15(金) 21:49:18.22 ID:ArcSp/qC0「七人」
はあ? なんでそうなるんだ。
僕は部屋の中をもう一度見回したが、テーブルの回りに座っている人間の他には、誰もいなかった。
「惜しいな。八人だ」
師匠はニヤリと笑う。そして僕の方を意味深に見つめる。
霊のことか。
目に見えないそういう存在の数も含めてだと。そういうことなら、僕だって……
視覚ではなく、別の感覚を拡張させ、意識を集中する。部屋中にその感覚の根を張り巡らせ、人ならぬものの気配がわだかまっているような場所を見つける。
天井付近。なにか、いる。彷徨うものが。
しかし見つけられたのはそれだけだった。僕らと合わせて五人。しかし夏雄は七人と言い、師匠は八人と言った。これはどういうことなのか。
師匠は続ける。
「と、言いたいところだけど。わたしの答えが正しいとは限らない。さて、おひい様にお訊ねしてみましょう」
慇懃な態度で、師匠はアキちゃんの方に向き直った。そして「今、この部屋には何人いますか」と訊ねる。
アキちゃんは目をぱちぱちとさせ、自分の横にいる夏雄から順に指をさして数え始めた。
「ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、ここの、とお……」
指先は、テーブルから外れ、なにもない壁際まで進んで、また少し角度を変えながら戻ってくる。
「……にじゅいち、にじゅに、にじゅさん、にじゅし……」
二十七のところで、僕を指さし、そのままその小さな指は何もない空間に向かって動き続ける。
「ああ、もういい。もういい」
師匠はアキちゃんを止めた。
え?
なにこれ。
僕は尻の座りが悪くなる感じに襲われ、そわそわしてきた。
何を数えた。何を数えたんだ。
古い木造住宅の匂いが満ちる部屋。庭に面し、窓ガラスの向こうから爽やかな光が差し込む部屋に、全く別の部屋が重なっているような気がした。白と黒。ネガとポジ。
そこに、何がいるのか。

159 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/15(金) 21:51:57.92 ID:ArcSp/qC0
だが、そのぞわぞわした感覚はあまりに希薄で、庭に遊んでいる小鳥たちがチチチ……と鳴くたび、僕はごく当たり前の風景の中にいる自分に気づく。
「幽霊を信じない人間は、よくこう言うな。人間が死んで幽霊になるんなら、そこらじゅう幽霊だらけになってしまうじゃないかって。……そうだよ。幽霊だらけさ、この世界は。
あとは見えるか、見えないかの問題があるだけだ」
師匠は天井の隅を指さした。僕にも感じられた場所だ。
「ああいう、強いのもいれば、そことか、こっちみたいな弱いのもいる。残された思念の濃さと、それを受け取る側の精度によって幽霊と認識されるかどうかが変わってしまう。
ランドルト環って知ってるだろ。視覚検査で使う、Cみたいな形の切れ目のある円だ。お前には、一番下の列にはただ小さな円か、あるいは点が並んでいるようにしか見えないかも知れない。
けど見える人間には、すべて下向きや横向きのCに見えるんだ」
おい、夏雄。と師匠は僕から視線を外して呼びかける。
「見えてるのは、どれだ」
夏雄はむすっとしたまま、今師匠が示した三ヶ所をなぞるように指さしていった。天井と、奥の箪笥の端と、押入れに張ってあるカレンダーのあたり。
僕には、天井以外なにも感じられなかった。額から嫌な汗が出てくる。
「四足す三で七人か。惜しいな。箪笥のところは、重なるみたいにして、もう一人いるぞ」
師匠がそう言うと、夏雄は「あん?」と眉を片方上げ、「そうかもな」と欠伸をした。座布団の上で片膝を立て、腕をその膝の上に乗せている。
客を前にしてするような態度ではなかったが、キチンと座っているところが想像できない男でもあった。
「残された死者の思念に、最初から強い弱いはある。それだけじゃなく、時間が経つにつれ、だんだんと薄れていく。経年劣化だ。
よほど強い後悔だとか、恨みだとかを持っているやつでも、いずれは消えていく。逆に言うと、今でも見える古い武士の霊だとかは、マジでやばいやつだ。
でもその消えていく、ってところにこそわたしや夏雄の限界がある」
師匠は部屋中を見渡すように右手を広げた。

160 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/15(金) 21:55:55.86 ID:ArcSp/qC0
「実際には、消えてないんだ。たぶん。ただ受け取り手の精度が低いせいで、見えなくなっているだけだ。一番下だと思っていたランドルト環の列の下に、まだ列があった。
見えない人間にはただの空白にしか見えないひと列が。そういう、存在が極めて薄くなった霊が、この世には満ちている」
僕は、ふと虹が頭に浮かんだ。
あの七色の虹は、実際には七色にはっきり分かれている訳ではなく、赤から紫までの滑らかな光のグラデーションで出来ている。
国や地方によって、虹の色を七色と言うこともあれば、五色、三色、そして二色と捉えることもある。
僕はこの部屋のそれを五色と捉え、夏雄は七色、そして師匠は八色に見分けたのだ。けれどアキちゃんは、僕らが見分けた色と色の間のさらに微細な狭間を見分けている。
それも、とてつもない数にだ。
何十、何百色という極彩色に。
自分を前にして繰り広げられるなにやら小難しい話を、アキちゃんはふんふんと頷きながら聴いている。あれほど霊感の強い師匠にも見えない霊を、この子は見ているというのか。
そう言われても信じられない気持ちだった。
「例えば、わたしには薄っすらと顔だけが見える霊でも、この子には全身が、それも服の柄まで綺麗に見えている。
何百年も昔の霊だってそうだ。経年劣化で、ほとんど思念も散って薄くなり、もうこの物質的な世界となんの関わりも持てなくなった霊。
こちらから見ることも触れることも出来ず、あっちから影響を及ぼすこともできない。そういう存在は、もうこの世から消えてしまったのだと言ってもいいと思う。
でもそういうわたしたち常人の定義する世界と、ほんの薄皮一枚のところに別の景色が広がっているらしい」
常人と来たか。あの師匠が。
だったら僕などなんだというんだ。

161 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/15(金) 21:58:12.72 ID:ArcSp/qC0
「この子の限界がどこにあるのか知りたくて、見えているものを聞き取って似顔絵を描いたことがあるんだ。
片っ端から描いてると、いるわいるわ…… 日本史の時間で習ったような日本人の古い服装のオンパレードだ。何百年どころじゃないぞ。確実に奈良時代までは遡れる」
どこまで本当なのか分からないが、師匠は興奮したようにそう言うのだ。
「しかし、古墳時代の霊は見当たらなかった。単に当時の人口が少ないから、それと遭遇する蓋然性の問題なのかも知れないが、あるいはそのあたりがこの子の限界なのかも知れなかった。でもな」
師匠は少し声を落とした。
「似顔絵の中に、土器の時代や、石器時代の人間らしい姿もあるんだ。それがもし正しいなら、古墳時代の霊だけがすっぽりと抜け落ちていることになる。これは、非常に興味深いことだ。なぜかわかるか」
「さあ」
素直にかぶりを振った。
「黄泉(よみ)という思想のせいだよ。これは現代でいう、いわゆる『あの世』とは少し違う。そういう、肉体から離れた魂がたどり着く場所のことではないんだ。
黄泉は黄泉比良坂(よもつひらさか)で葦原中国(あしはらのなかつくに)、つまり日本国と地続きで繋がっている、もう一つの世界なんだ。
そこは生者の住む国の隣にある、死者の住む国であり、死とは、その移動のことを指している。
つまり、黄泉という思想をメンタリティとして持っていた時代の日本人にとって、死とは肉体を持ったまま黄泉へ行くことであり、この生きるものの世界に霊だか魂だかとして迷う、なんていう発想自体がないんだ」
妻であるイザナミを黄泉へ迎えにいったイザナギが、もし葦原中国へ彼女を連れ出すことに成功していれば、それは肉体を伴った黄泉返り(よみがえり)であり、
死者が生者の世界にやってくることは、すなわち生者になるということだ。だから幽霊なんていうあやふやなものはありえない。
師匠は秘密を明かすように演技掛かって言う。
「この子の目で見ても、そんな時代の人間の姿がどこにも見当たらないんだ。面白いだろう」
嬉しそうに語る師匠に、夏雄が「ケッ」と言って水を差す。
「用件をとっとと済ませろよ」
師匠には悪いが、僕もこれには同意だった。興味深い話ではあったが、今はなにしろ今夜九時までに写真のことを調べて松浦に報告しなければならない。



162 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/15(金) 21:59:07.73 ID:ArcSp/qC0
時計を見ると、昼の三時を回っていた。あと六時間か。
師匠は分かったよ、というジェスチャーを返しながら、アキちゃんに話しかける。
「さっきお父さんの袈裟を襖に挟んだのは、お友だちか」
「えー」
アキちゃんは隣の、なにもない空間に向かってイタズラっぽい顔で人差し指を口に立てる。なにかいるらしい。シーッ、ということか。もちろん僕には全くなにも見えない。
「ひーちゃん、だっけ。夏雄、見えるか」
問われた夏雄も、首を左右に振る。
アキちゃんには、無数に見える霊の中でもひーちゃんという仲の良い友だちがいるそうだ。もっとも本人は、人間と霊とをあまり区別していないようだったが。
そのひーちゃんは夏雄にも、師匠にも見えないので相当存在の希薄な霊のはずだが、さっきのように現実に物質的な影響を及ぼすことがあるので不思議なのだそうだ。
そんなことが出来る力の強い霊なら、少なくとも師匠には見えてしかるべきなのに。
「あー、まあいいや。ひーちゃんに、今日はもうイタズラしちゃだめだって言っといて」
アキちゃんは頷いて、顔を横に向けて何ごとか囁いた。
ついさっき、あれほど師匠を嫌っているような態度を取っていたのに、今はやけに素直だ。
後から聞いたのだが、僕という知らない人間が一緒にやって来ていたので、興奮していたらしい。普段師匠だけで来た時はほとんど喋ってくれないこともあるのだそうだ。
「さて、本題だ」
師匠はそんなアキちゃんの様子を伺いながら、リュックサックから封筒を取り出した。そして中に入っていた五枚の写真をテーブルの上に並べる。
田村に押し付けられた一枚と、松浦から押し付けられた四枚。いずれも、数時間前に写真の専門家から心霊写真ではないという結論を下された写真だった。
夏雄とアキちゃんが二人して身を乗り出すように写真を眺める。
「ええと、これはですね」
視線で説明を求められているのに、何も喋ろうとしない師匠に代わって僕が口を開きかける。しかし、小突かれてそれを止められた。
「細かいことはいいよ」

163 :心霊写真4  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/15(金) 21:59:57.02 ID:ArcSp/qC0
師匠がそう言うと、夏雄も頷いた。「ああ。こっちもくだらねえこと聞いて、無駄に関わりたくねえ」
「そう言うと思ったよ。アキちゃん。頼みがあるんだ。あれやってくれないかな。あれ」
師匠はそう言って、右手を写真の上にかざし、撫でるような仕草を見せた。アキちゃんは師匠と写真を交互に見た後で、夏雄の顔を伺う。
「おい。あれは後から疲れが出るんだよ。簡単に言うな」
夏雄が強い口調でそう言うと、師匠は顔の前で両手を摺り合わせる。「五枚だけ。五枚だけだから。な、アキちゃん」
そう振られて、アキちゃんは慎重に頷いた。夏雄は舌打ちをした後、厳しい顔をして、「本当に大丈夫か」と妹に訊ねる。
「最近、元気だし」
黒髪の少女はにっこり笑ってそう言った。そうしてちらりと僕の方を見て、照れたような表情を浮かべる。
なにをするのだろう。
僕は興味深々で、目の前の展開を見守った。
夏雄は立ち上がり、窓の雨戸を閉め始めた。師匠は、箪笥の上にあった蝋燭を持って来て、マッチで火をつける。外の明かりを閉め出して、部屋の電気を消すと、蝋燭の光が大きくなった。
重そうな燭台に蝋燭を刺し、それをテーブルの真ん中に移動させる。襖からの微かなすきま風に火が煽られて、照らされている写真たちが瞬くように揺れる。
なんだかゾクゾクしてきた。
ごく普通の写真でも、こんな風なシチュエーションで見せられたら、なんとも言えず不気味な感じになるだろう。
「じゃあそっちの端から」
ちょうど『写真屋』に見せた時の順に、写真は並べられている。師匠の言葉にアキちゃんは頷き、少し緊張気味に右手を写真の上にかざした。
飲み会の風景を写した一枚だ。蝋燭の仄かな明かりが小さな手のひらで遮られ、その下の写真は暗くて見えなくなる。
だがそれも一瞬だった。アキちゃんが手のひらを空中で撫でるようにくるくると回したかと思うと、スッと引いたのだ。
蝋燭の明かりの下に写真が再び現れる。だがその瞬間、なにか力というか、精気というか、そういう目に見えないエネルギーのようなものが、目の前で消失したような感覚がして、僕はゾクリと鳥肌が立った。

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