【師匠シリーズ】天使

711 :天使   ◆oJUBn2VTGE:2008/04/30(水) 22:58:24 ID:NrJoj9WI0
あの日、図書館で私は天使の名前が網羅された事典を開いていた。
そこにおぼろげだった記憶の通りの名前が出てきた時に、私はすべてを知ってしまったのだ。
天使とはユダヤ教やキリスト教、イスラム教などに現れる神の使いの総称だ。
それらの天使には階級があるとされ、多くの天使がそのヒエラルキーに取り込まれている。
ミカエルやガブリエルなどの有名な四大天使は、その名の通り大天使として第8階位、つまり下から2番目の低位につけられていたりする。
その9階位に属さない天使も数多くあり、様々な宗派によってその役割も象徴する意味も異なる。
その中に、オリンピアの天使と呼ばれるグループがある。
聖書ではなく、魔術書に現れる天使だ。
その、人間の役に立てるために使われるという性質は、どちらかと言えば天使というよりデーモンに近い。
日本語に訳される時も「オリンピアの天使」とする場合もあれば「オリンピアの霊」などと表記される場合もある。
英語では、「Olympic spirits(オリンピック・スピリッツ)」とも。
それらは惑星を支配する存在とされ、それぞれに象徴される7つの星が当てられる。
水星はオフィエル。金星はハギト。火星はファレグ。木星はベトール。土星はアラトロン。月はフル。そして太陽は――オク。
奥陽子。
その名前をあげつらって、間崎京子は言ったのだ。
オリンピアの天使、オリンピック・スピリッツと。
黒魔術などのオカルトに詳しい人間でないと絶対に分からないだろう。
そういう人間だけに向けて彼女は真相を発信したのだ。
すべてを知りながら。
頼ってきた島崎いずみを言わば見殺しにして。
あまつさえ、剣の10という最悪の結末の暗示を本人に告げて。
私にはそれが許せなかった。
知っていたならば、なにか出来ることがあったはずだ。
傍観者としてなにも行動しなかった私自分にもその怒りの刃は向いて、身体の中のどこかを傷つけた。

712 :天使   ◆oJUBn2VTGE:2008/04/30(水) 23:02:27 ID:NrJoj9WI0
「太陽は。太陽のカードは、ケルト十字の2枚目に出ていたんだな」
答えない。
ケルト十字スプレッドにおける2枚目のカードは1枚目の上に交差されるように置かれる。
それはやがて周囲に展開されるカードの並びの中で、十字架の真ん中の位置となる。
表すものは「障害となるもの」。
大アルカナ22枚のうちの19番目のカードである太陽(The Sun)は、正位置ならば《創造》《幸福》《誕生》etc. 逆位置ならば《破局》《不安》《別離》etc.
しかしこの場合、陽子という太陽を暗示させる名前そのものを指している。
少なくとも、島崎いずみ自身にとっては。
彼女の悩みの根源を成す「障害」として。
そしていつかの私に対する警告。
「恨みはなるべく買わないほうがいい」
というあれは、すべてを見透かした上での言葉だったのか。
「彼女の手にした刃物は、結局自分に向かった。それは彼女自身の選択よ」
間崎京子の口から音楽のように言葉が滑り出した。
「おまえは何様なんだ」
周囲から、固唾を飲んでこのやりとりを注視している無数の気配を感じる。
誰も表立ってこちらを見てはいない。
しかしその無数の悪意ある視線は、確実に私の心を削り取っていった。
「あなたも、まだあの子を救える気でいるなんて、おめでたいわね」
ヨーコのことか。
なぜそんなことをこいつに言われなくてはならない。
「7つの星に対応する数多くの象徴の中で、7つの大罪がどういう配置になっているかご存知?」
表情はまったく変えていないのに、微笑が、嘲笑に変わった気がした。
その時私は、この女をはじめて恐ろしいと思った。

713 :天使 ラスト   ◆oJUBn2VTGE:2008/04/30(水) 23:04:37 ID:NrJoj9WI0
「水星は大食。金星は欲情。火星は憤怒。木星は傲慢。土星は怠惰。月は嫉妬。それから太陽は――」
芝居じみた動きで彼女は指をひとつ、ひとつと折り、7番目となった左の人差し指をゆっくりと折り畳みながら言った。
「強欲」
その言葉と同時に、私は彼女の机を両手で強く叩いた。
周囲がビクリとして、一瞬静かになる。
そこに、冷ややかな言葉が降って来る。
「ねえ、わかるでしょう。彼女は彼女自身の星からは逃れられないわ。この世界には、変わろうとする人間と、変わろうとしない人間しかいない。それはあなたのせいでも、わたしのせいでもない」
怒りだとか、悲しさだとか、悔しさだとか、そんな様々な感情が私の中で嵐のように渦巻いて、目の前にパチパチと輝く火花を発している。
私は唇を噛んで、この氷細工のような女を殴りたい気持ちを必死で抑えていた。
そんな私の姿を一見変わらぬ笑みで見据えながら、彼女は誘惑するような甘い囁きでこう言った。
「かわりに、わたしがあなたの友だちになってあげる」
それが、間崎京子との出会いだった。

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