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【師匠シリーズ】心霊写真5

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222 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 21:53:16.30 ID:En49cf2N0
「はあん。だいぶやられたな」
上着を脱がされて、アザになっている箇所を強く抑えられ、呻いた。看護婦はいない。松崎医師一人でやっているらしい。
夏雄はそのまま僕を医者に押し付け、帰ろうとした。
「待てよ」
立ち上がろうとしたが、医者に肩を押さえられる。ただの肥満体かと思ったが、凄い力だ。
「とにかく怪我を見てもらえ。浦井のことは心配するな。会えたら連絡してやる」
夏雄はそう言い置いてさっさと行ってしまった。
僕は湿布やら包帯やらを巻かれ、あまり清潔には思えないベッドに寝かされた。
「吐き気さえ治まったらもう大丈夫だよ」と言われたが、まだふらつきがあり、帰る足もない僕はその診療所で夏雄の連絡を待つしかなかった。
人に言えない怪我を負った連中を相手に商売をしているこの医者なら、もしかして腹を刺された田村も、あの応急処置の後でやって来た可能性もあると思い、訊いてみたが「知らない」というそっけない答えだった。
かりに来ていたとしても、そんなことを喋るはずもなかった。
診療所に、他の客がやって来る気配はなかった。。医者はなにをするということもなく、ずっとテレビを見ている。
横になったまま僕はうとうとしていた。
はるか頭上のあたりに、五枚の写真が浮かんでは消え、浮かんでは消え……
ゆらめく蝋燭の明かり。
閉じない。
どうして。
誰の声だったか。
ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、ここの、とお……
正岡大尉。
老人。
とっとと出るぞ、こんな水虫屋敷。
あいつは、見えてるよ。
よもつひらさか。あしはらのなかつくに。
人を見かけで判断してはいけないと、教わらなかったか。
師匠。
加奈子さん。
どんな写真なんだ。けしからん。
実に。
見てみたい。

223 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 21:57:00.82 ID:En49cf2N0
「おい」
「はい」
返事をしてから目を覚ました。
ああ。寝てしまっていたらしい。診療所の窓の外は暗く、もう日が落ちてしまっている。
師匠が僕の横たわるベッドのそばの丸椅子に腰掛けている。
「大丈夫か」
本物の師匠だ。ついさっき別れたばかりなのに、ずっと会えなかったような気がした。
「はい」
身体を起こす。部屋の柱時計を見ると、夜の八時になろうとしていた。
「決着をつけに行くぞ」
パンを買いに行くぞ、とでもいうようなあっさりしたその言葉に、僕はどんな怪我だろうが立ち上がれるような気がした。
「はい」
そう答えると、師匠はニッ、と笑った。

師匠のボロ軽四で小川調査事務所に到着した僕らは松浦を待っていた。師匠が八時半にここで会う約束を電話で取り付けたという。
ホワイトボードを確認すると、小川所長が帰ってくる時間が今日の夜九時となっている。しかし九時といえば飛行機の到着の時間のはずなので、実際はまだ一時間程度は猶予がある。
師匠は小川所長が戻って来る前にこの件のカタをつけるつもりなのだ。無断でヤクザの依頼を引き受けた手前、そうせざるを得ないのだろう。
カタをつけるといっても、依頼部分については半ば出来レースだ。預かった写真のうち、四枚は心霊写真じゃありません。もう一枚はたぶん念写によるものです。
そう説明したところで、結局は偽造写真として扱われるだけだ。田村がまだ見つかっていないとしても、躍起になって探し出すモチベーションにはならない。
松浦の真意は別のところにある、というようなことを師匠は言っていたが、それもどうということはないだろう。
問題なのは、田村が持って逃げているはずの写真の現物を師匠が持っていたということだ。

224 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 22:01:16.48 ID:En49cf2N0
そしてそれを松浦に伝えたであろう茶髪を、本職のヤクザを、夏雄がボコボコにしてしまったということ。これがまずかった。兎の着ぐるみを被っていたが、僕を助けに来たのだ。こちらサイドの人間に決まっている。
単独行動を取っていた茶髪が、このことを松浦に、あるいは石田組に報告していないのではないか、という甘い希望はこの際持たなかった。
タダで済むとは思えない。
「黒谷さんは」
師匠に訊くと、「帰した」という答え。
「あいつがいると話がこじれる」
この件は暴力抜きで決着できると判断したのだという。話がこじれるのは想像できるが、なんだそれは、と僕は思った。
寺から帰る時に、「ヒマか」と訊いたのは師匠の方だ。関わりたくないのか、夏雄はついて来ることを拒否したのに、結局師匠を心配してやって来ている。
そして身体を張って僕を助けてくれたのに、邪魔になったから帰れ、というのは……
僕は嬉しかったのだ。
あの兎が現れた時。
あの、僕がボコボコにされていた時に。痛ッ。
怪我のことを思い出した途端、傷口が痛み出した。切った頬などより、打ち身のところがキツイ。特に腹は茶髪、夏雄、茶髪と同じ場所ばかり殴られているから。なんだかムカムカして来た。夏雄の野郎。
しかしまた、これから石田組とどうケリをつけるのか心配になり、落ち込む。
生きた心地がしない状態で事務所の椅子に座っていたが、心の準備が整わないうちに事務所のドアが開いた。
そして四人の男たちが入って来る。
松浦がいる。そして最初の時にいた年嵩の男と、ゴリラのような顔の男。あと初めて見る体格の良い男がいた。背は夏雄と同じくらい高く、黒いスーツを窮屈そうに着ている。
ひしゃげたような団子鼻で、人相も相当に凶悪だった。耳が潰れていて、いわゆるギョーザ耳になっている。かつては柔道の重量級全国大会出場者、というところか。
その男を見て、僕は茶髪が兎にやられた一件が完全に石田組にも伝わっていることを悟った。しかし彼らが警戒しているその兎は今ここにはいない。最悪の状況だ。
「その化け物に用はない。帰せ」
師匠が自分のデスクから立ち上がり、はっきりそう言い放った。


226 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 22:05:59.90 ID:En49cf2N0
化け物と言われても、団子鼻の男は顔色一つ変えない。師匠の物言いを咎める喚き声も聞えてこなかった。その役割をしていた茶髪がいないからだった。
「それはそちらの態度次第だ」
松浦が静かに口を開いた。
「写真は渡す。本来、これは田村のものだ。お前たちに渡す義理はないが、この騒動を収めるためにそうしよう」
師匠は懐から写真を取り出し、その場で腕を伸ばして差し出した。年嵩の男がスッと近づき、写真を受け取る。
手元にやって来た写真を松浦がちらりと一瞥する。
「いいだろう」
室内の緊張感が少し和らいだ気がした。
「だが、田村の居場所はどこだ」
「知らん。写真はやつがお前らに腹を刺されて事務所に転がり込んで来た時に、押し付けられただけだ。その後は会っていない。一度電話があったが、居場所を聞く前に切られた」
こっちだって迷惑なんだ!
師匠はそう言ったが、写真を最初に松浦に渡さなかった理由にはなっていない。
「なぜ渡さなかった」
やはりそこを訊かれた。
『ヤクザが嫌いだろう』
田村にはそう言われたのだったか。しかし師匠は、松浦に向かって平然として言った。
「この写真には秘密がある」
「なに?」
松浦が眉根を寄せた。
「あんたにだけ話したい」
師匠は真っ向から松浦を見ている。
「依頼のこともある」
そう続けた師匠に、ようやく松浦は頷いた。
「下で待て」
男たちはその指示を受けて、整然とドアから去って行く。あらかじめ心得ていたようだった。化け物と呼ばれた男も、全く表情を変えず、ドアの向こうへ消えた。
「そちらは」
松浦は僕を見た。

227 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 22:08:41.86 ID:En49cf2N0
嫌だ。絶対にここにいる。
テコでも動かない気だったが、師匠が「怪我人だ。いいだろう?」と言うと、ふ、と空気が抜けるような笑いを浮かべ、松浦は何も言わずソファに腰掛けた。
「あの歯の抜けた茶髪の男はどうなった?」
師匠がデスクから椅子をソファの方へ回して、そう訊いた。
「あなた方には関係がない」
松浦はそのことについて話す気はない、というようにそっけなく言った。僕はその様子から、茶髪の独善的行動が松浦の逆鱗に触れたのではないかと想像した。恐らく当たっているだろう。
だとするならば、今ここにいないあの男が、夏雄にやられた以上の重症を、仲間からの制裁によって負っている可能性さえあった。
「関係ないのだったら、そいつの怪我についても不問だな」
師匠は夏雄の暴行について踏み込んだが、松浦はそれについてもそっけなかった。
「関係がないと言ったはずです」
そうして胸の内ポケットから黒革の財布を取り出して、数枚の一万円札を僕に突きつけた。
一瞬なんのことか分からなかったが、自分の頬に当てられた包帯を手で触り、そう言うことかと気づく。
「やめろ」
師匠は強い口調で言った。
言われなくても受け取る気などなかった。なにしろ僕はあの診療所でお金を払っていない。どこにツケられたのか分からないが。
「嫌われたものだ」
松浦は一人ごちて財布を仕舞う。
「では、聞かせてもらいましょう」ギシリ、とソファがきしんだ。
「まず、依頼の方からだ」
師匠はそう言ってから机の上に置いてあった自分のリュックサックを持って来て、中から封筒を取り出した。それから僕に目配せをして、来客用のテーブルを持って来させる。
ソファと机の間に置かれたテーブルに、五枚の写真が並べられた。いや、うち一枚はその複写だ。
あえて師匠は、現物の方ではなく、複写の方で話を進めた。
「そちらの依頼は、この横浜にある角南家の別邸で撮られた1938年か39年の写真に写っている、死んだはずの正岡大尉の正体を調べろ、というものだった」

228 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 22:13:06.90 ID:En49cf2N0
「そうです」
「心霊写真なのか、それとも他のなにかなのか……」
師匠はゆっくりと写真のコピーを指の腹で撫でた。
「ここに写っているこの正岡大尉に良く似た人物は、今現在も死んでいない」
松浦は、ほう、という顔をした。
「生きていないものは、死なない。このテーブルが死なないように」
コツコツと中指の第一関節で叩く。
「わたしの結論としては、念写だ。こいつは、ここにいる仲間たちの思念によって写し込まれた、命なき存在なんだ」
ね・ん・しゃ。
松浦は馬鹿にするでもなく、なんの先入観もないようにその言葉を吟味しているように見えた。
「だが、ただの精巧な人形がここに置かれていただけなのかも知れない。あるいは、ただの心霊写真なのかも知れない」
師匠はただの、を強調して言った。
「でもそれも大した問題じゃない。なぜならこれは偽造写真だからだ。真実がどうあれ、最初からそう決められている。角南一族にダメージを与える致死的な毒にはなりえない」
そうだろう?
師匠は松浦の目を真正面から見る。松浦はなにも答えない。
「あんたの真意は別にあった。本当の依頼はこっちさ!」
師匠はテーブルを叩いた。いや、その上に並べられている他の四枚の写真をだ。
「海辺の家族連れ。男の子の両膝から先がないのは、ただのシャッター速度の問題だ」
写真はピン、と弾かれテーブルの外に落とされた。
「アイスを食べているカップル。この肩の手はよくあるイタズラだ」
ピン、と弾かれる。
「飲み会の写真。煙草の煙がストロボに照らされ、偶然顔のように見えただけだ」
ピン。
「母親と男の子の写真」
師匠はそう言って写真を手に取った。
「この男の子は、あんただ」
驚いて目を疑った。なぜそうなるんだ?
松浦も驚いているかと思ったが、その表情は逆に冷え切ったように緊張感を湛えている。

229 :心霊写真5 ◆oJUBn2VTGE:2013/03/22(金) 22:17:04.39 ID:En49cf2N0
「そして母親は、立光会の先代の愛人だった女。あんたを産み、中学校卒業まで私生児として育てていた女だ」
師匠の頬にも緊張があり、こわばっているように見えた。テーブルを真ん中にして向かい合い、お互いしばし押し黙った。
口を開いたのは松浦だった。
「なぜ分かった」
その言葉には、脅しというよりも純粋な興味が混ざっているようだった。
「わたしは、霊を見ることが出来る。それは人の思念、怨念、執念を五感ではないなにか別の知覚で捉えることが出来るからだ。心霊写真にはほとんどそれがない。
確かに撮影されるまではそういう思念が影響している。だけどネガからプリントされるのは薬品による化学反応だ。
写真として手元に来た時点で、残念ながらわたしに感知できるような霊ではなくなっている。ただの視覚的なものに過ぎない」
心霊写真は苦手だ。
寺に向かう車の中で、僕にしてくれたような説明を師匠は繰り返した。松浦はじっと聞いている。
「しかしこの母子の写真は違った。見た瞬間からビンビン来たよ。念だ。念。強烈な思念、怨念、執念。わたしにも感じることが出来るやつだ。それがこびり付いて離れない。
あんたのだよ。その写真を他の写真に混ぜて持って来た、あんたの念だ」
松浦はなにも言わない。
「この、窓のところに薄っすらと写っている男。あんたは、この男のことを知りたかったんだ。家の前で写真を撮る母子。
カメラを構えているのは、近所の人か? そして窓辺で薄ら笑いを浮かべてそれを見ている男…… 目元なんかはよく見えないのに、その口元は分かる。薄ら笑い。
それがその男の本質であるかのように、だ。あんたはこの男がこの時、家の中にいたのか、それとも霊体として写っているのか、それを知りたかったんだ」
違うか?
刃物を前にしてなお喉を突き出すような、緊張した声だった。
松浦はまだなにも言わない。その顔から表情が完全に消えている。写真の中の男の子は、はにかんだようにほんの少し笑みを見せていた。目の前の男にその面影はない。

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