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【洒落怖】診療所の宿直バイト

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数年前、大学生だった俺は先輩の紹介で小さな診療所で宿直のバイトをしていた。 
業務は見回り一回と電話番。
あとは何をしても自由という、夢のようなバイトだった。 

警備のセンサーは一階、二階はほぼ隈なく網羅しているが、宿直室にはないため、宿直室内では自由に動ける。 
管理パネルにはランプがついており、異常がないときは緑が点灯している。
センサーが何かを感知するとランプが赤く変わり、ALS●Kと責任者である所長に連絡がいく ことになっている。ドアや窓が開けられると警報が鳴る。 
部屋に着いて警備モードに切り替えれば、あとは電話がない限り何をしてもいい。 
電話も、夜中にかかってくることなんて一年に一回あるかないかくらいだった。 
だからいつもテレビ見たり勉強したり、好き勝手に過ごしていた。

ある日の夜。いつものように見回りをして部屋に入って警備モードをつけてまったりしてた。 
ドラマを見て、コンビニで買ってきた弁当を食べて、本を読んで、肘を枕にうつらうつらしていた。
テレビはブロードキャスターが終わって、チューボーですよのフラッシュCMが入ったところだった。 
何気なく目をやった管理パネルを見て、目を疑った。ランプが、赤い。
今まで、ランプが赤かったことなんて一度もない。
え?なんで?と思ってパネルを見てると、赤が消えて緑が点灯した。 
まともに考えて、診療所の中に人がいるはずがない。 
所長や医師が急用で来所するなら、まず裏玄関の外からALS●Kの警備を解除するはずだ。 
また外部からの侵入者なら、窓なりドアなりが開いた瞬間に警報が鳴るはずだ。 

故障だ。
俺はそう思うことにした。
だいたい、もし本当に赤ランプがついたなら、所長とALS●Kに連絡がいって、 この宿直室に電話がかかってこないとおかしい。
それがないということは、故障だということだ。 

そう思いながらも、俺はパネルから目を離せずにいた。緑が心強く点灯している。 
しかし次の瞬間、俺は再び凍りついた。また、赤が点灯した。 
今度は消えない。誰かが、何かが、診療所内にいる。
俺は、わけのわからないものが次第にこの宿直室に向かっているような妄想に取りつかれた。

慌てて携帯を探して、所長に電話した。数コールで所長が出た。 
所「どうした?」
俺「ランプが!赤ランプがついてます!」 
所「本当か?こっちには何も連絡ないぞ」 
俺「だけど、今もついてて、さっきはすぐ消えたんだけど、今回はずっとついてます!」
所「わかった。ALS●Kに確認するから、しばらく待機していてくれ。また連絡する」
所長の声を聞いて少し安心したが、相変わらず赤が点灯していて、恐怖心は拭い去れない。 


2分ほどして、所長から折り返しの電話があった。 
所「ALS●Kに確認したが、異常は報告されてないそうだ」 
俺「そんな!だって現に赤ランプが点灯してるんですよ!どうしたらいいですか?」 
所「わかった。故障なら故障で見てもらわなきゃいけないし、今から向かう。待ってろ」
何という頼りになる所長だ。俺は感激した。
赤ランプはそのままだが、特に物音が聞こえるとか気配を感じるということもないので、俺は少しずつ安心してきた。 
赤ランプがついただけで所長呼び出してたら、バイトの意味ねえなwとか思って自嘲してた。

しばらくすると車の音が聞こえて、診療所の下を歩く足音が聞こえてきた。
三階の窓からは表玄関と裏玄関そのものは見えないが、表から裏に通じる壁際の道が見下ろせるようになっている。 
見ると、電気を煌々とつけて所長が裏玄関に向かっている。 
見えなくなるまで所長を目で追ってから数秒後、「ピーーーーーッ」という音とともにALS●Kの電源が落ちた。 所長が裏玄関の外から警備モードを解除したのだ。 
俺は早く所長と合流したい一心で、襖を開けて廊下へ出た。

廊下へ出た瞬間、俺は違和感を感じた。

ここに来て俺は確信した。1階にいるのは、所長じゃない。 
頭が混乱して、全身から冷たい汗が噴き出してきた。
しかし、1階から目が離せない。 
生臭さがさらに強まり、「ん゛ん゛~ん゛~」という唄も大きくなってきた。 
何かが、確実に階段の方へ向ってきている。

見たくない見たくない見たくない!! 
頭は必死に逃げろと命令を出しているのに、体がまったく動かない。 

ついに、ソイツが姿を現した。
身長は2メートル近くありそうで、全身肌色,というか白に近い。 
毛がなく、手足が異常に長い、全身の関節を動かしながら、踊るようにゆっくりと動いている。

ソイツは「ん゛~ん゛~~う゛う゛~」と唄いながら階段の下まで来ると、上り始めた。
こっちへ来る!!逃げなきゃいけない!逃げなきゃいけない!と思うが、体が動かない。
ソイツが1階から2階への階段の半分くらいまで来たとき、宿直室に置いてあった俺の携帯が鳴った。 
俺は「まずい!!」と思ったが遅かった。
ソイツは一瞬動きを止めた後、体中の関節を動かしてぐるんと全身をこちらに向けた。 まともに目が合った。
濁った眼玉が目の中で動いているのがわかった。 
ソイツは口を大きくゆがませて「ヒェ~~ヒェ~~~」と音を出した。
不気味に笑っているように見えた。 
次の瞬間,ソイツはこっちを見たまま、すごい勢いで階段を上りはじめた! 
俺は弾かれたように動けるようになった。
とは言え逃げる場所などない。 
俺はとにかく宿直室に飛び込んで襖を閉めて、押さえつけた。

しばらくすると階段の方から「ん゛~~ん゛~う゛~」という唄が聞こえてきて、生臭さが強烈になった。 
来た!来た!来た!俺は泣きながら襖を押さえつける。頭がおかしくなりそうだった。 
「ん゛~~ん゛~ん゛~~」もう、襖の向こう側までソイツは来ていた。 
「ドンッ!」 
襖の上の方に何かがぶつかった。
俺は、ソイツのつるつるの頭が襖にぶつかっている様子がありありと頭に浮かんだ。 
「ドンッ!」 
今度は俺の腰のあたり。ソイツの膝だ。 
「ややややめろーーー!!!!」 
俺は思い切り叫んだ。泣き叫んだと言ってもいい。 
すると、ピタリと衝撃がなくなった。
「ん゛~ん゛~」という唄も聞こえなくなった。 

俺は腰を落として、襖から目を離すことなく後ずさった。
 後ろの壁まで後ずさると、俺は壁を頼りに立ち上がった。
窓がある。 衝撃がやみ、唄も聞こえなくなったが、俺はソイツが襖の真後ろにいるのを確信していた。
生臭さは、先ほどよりもさらに強烈になっているのだ。
俺はソイツが、次の衝撃で襖をぶち破るつもりだということが、なぜかはっきりとわかった。 
俺は襖をにらみつけながら、後ろ手で窓を開けた。 
「バターーン!!」 
襖が破られる音とほぼ同時に俺は窓から身を躍らせた。 
窓から下へ落ちる瞬間部屋の方を見ると、俺の目と鼻の先に、ソイツの大きく歪んだ口があった。 

気がついたときは、病院だった。
俺は両手足を骨折して、頭蓋骨にもひびが入って生死の境をさまよっていたらしい。
家族は大層喜んでくれたが、担当の看護師の態度がおかしいことに俺は気づいた。 
なんというか、俺を怖がっているように見えた。
怪我が回復して転院(完全退院はもっと先)するとき、俺はその看護師に聞いた。
すると看護師は言った。 

「だってあなた、怪我してうなされてる日が続いていたのに、深夜になると、目を開けて、口を開けて、楽しそうに唄を歌うんだから。 
『ん゛ん゛~ん゛~~う゛う゛う゛~ん゛』て」。

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