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【師匠シリーズ】心霊写真3

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136 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 21:20:55.93 ID:j7MpCWDL0
なぜ師匠はそんなことを言うのだろう。コピーだと今自分でも言ったではないか。それに言うまでもなく、同じ構図、同じ男たちなのだ。
『写真屋』は両者を見比べ、つまらなさそうにぼそりと言った。
「コピーは専門外だけど。全く同じに見えるね。この写真をコピーしたんだろう。この中央は焼きミスだね。もしかして、同じネガの別プリント写真のコピーじゃないかってことか? だとしたら分からないとしか言いようがない」
師匠はその答えを反芻するように、しばらく頷いていた。
そして、「よし」と言って膝を打ってから立ち上がった。
「邪魔したな」
「あ、もう帰るの」
あれほどただ働きを嫌がっていたのに、『写真屋』はなぜか名残惜しそうに口を尖らせた。師匠はそれを見て、ニコリと笑うと「またな」と優しい声で言った。
異臭にも少し慣れつつあったそのマンションの一室から出た直後、僕は師匠に耳打ちをする。
「その、せん……の写真って、盗撮でもされたんですか」
「なんだって? ああ、わたしの写真か。盗撮といえば盗撮だな」
「取り返した方が良くないですか」
「いいよ、めんどくさい。どうせ焼き増しして、分かんないところに隠してんだろ」
師匠が良くても僕は困る。
「良くないですよ。あの変態にそんな写真持たれて、何されるか分かったもんじゃないですよ」
「なんだ。酷い言われようだな、あいつ。そんな写真って、どんな写真だと思ってんだ」
「え」
僕は思わず口ごもった。
そういう写真に決まっているではないか。古式ゆかしい表現で言うところの、無防備な……
いやまて、もっと凄い写真かも知れない。え、うそ。まじで。
想像が頭の中をぐるぐると回る。
ええ? そういう写真なの。いやでもまさか、ああいう写真とか。まずいまずい。実にまずい。まずいですぞ、これは。
「おい。大丈夫か。とっとと出るぞ、こんな水虫屋敷」
そう言って師匠はエレベーターの方に向かって歩き出した。

138 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 21:24:56.99 ID:j7MpCWDL0

マンションの外に出ると、日差しが目に沁みた。締め切った部屋の人工の明かりは、やはり太陽光線よりも弱いものらしい。
師匠は時計を確認してから、近くの電話ボックスに入った。そしてどこかに電話を掛け、出てくるなり「一度家に戻るぞ」と言う。ハンドルを握るジェスチャーをしていたのから、車を取りに行くらしい。
「次はどこに」
「寺だ」
寺。
ピンと来た。
行ったことはなかったが、師匠がよくオカルト関係の怪しいモノを仕入れてくる寺があると聞いていた。そこに違いない。
焚き上げ供養で密かに有名な寺らしいのだが、その裏では燃やしたはずの曰くつきの物件をマニアに横流ししているという、とんでもない悪徳坊主がいるそうだ。
それを買う方も買う方だが、師匠につれられて、そういうアイテムばかり売っている胡散臭い市(いち)に行った時、僕もそこに出ていたクマのぬいぐるみが気に入って買ってしまったので同罪だった。
そのぬいぐるみは、夜中に時どき歯軋りのような音や、すすり泣く様な声を出して僕を不安な気持ちにさせるお茶目なやつだった。
途中でスーパーに寄っておにぎりや菓子パンを買い込んでから、僕らは師匠の家に到着した。休む暇もなく、すぐに駐車場に止めてあった年代物の軽四に乗り込む。
僕は助手席に座ってシートベルトを締め、スーパーの袋をガサガサと漁る。目の前をスケートボードでノロノロと横切ろうとしていた子どもに容赦なくクラクションを鳴らして、師匠は軽四を発進させる。
「シートベルト。シートベルト締めて下さいよ」
僕が指摘すると、師匠は「わたしが免許取った時には、そんな義務なかった」とぶつぶついいながらめんどくさそうにベルトを引っ張った。こういう時に、僕は師匠の間のジェネレーションギャップを感じる。
おにぎりやアンパンをお茶や牛乳で流し込みながら、車を走らせ続け、僕らは北へ北へと向かった。

139 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 21:26:49.69 ID:j7MpCWDL0
「結局、あの将校たちの写真は、心霊写真なんかじゃないんですかね」
道路沿いに商店や民家が少なくなっていく景色が走り去っていくのをぼんやりと眺めながら、僕はなにげなく訊いてみた。
どうせ答えてくれないだろうと半ば分かっていながら。
「さあなあ。『写真屋』は、普通の写真だろうって言ってたな」
師匠は人ごとのようにそう言う。
「どうしてそんなに他人ごとなんですか。自分こそ専門家でしょう。家にも一杯心霊写真集めてるのに」
「好きなんだけどな。それぞれが本物かどうかは自信がないな。わたしは生で見るのが得意なタイプなの。写真はなあ……
仮に死者が怨念だから執念だかで、フィルムに写りこんだとしても、だ。そのフィルムが現像され、ネガをプリントした場合、その写真一枚一枚にまで、怨念が乗っかってないんだよな。
撮影場所とは関係ないどこか遠い場所でさ、何ヵ月後か、何年後か、そして何枚も何十枚もプリントされてさ。その全部に怨念がこびりついて残っている道理がない気がする。
結局のところ、その写真がヤバいかどうかは、視覚的な情報に頼るしかないんだ。
ありえない位置に人の顔があるとか、逆に人の顔がないとか。でもそういう写真って、偽造でも再現できるケースがあるじゃないか。だから、どうにも心霊写真ってやつは苦手なんだ」
そういうものか。
納得しかけたが、以前師匠がえらそうに心霊写真について語っていたこともあった気がして、釈然としないものが残った。言ったもん勝ちかよ。と、そう思ったのだ。
「まあ餅は餅屋。蛇の道は蛇だ」
「なんですかそれ」
「だから専門家に訊きに行くんだよ」
「心霊写真のですか」
そんな、供養を頼まれた写真をマニアに横流しするような悪徳坊主に訊きに行ったところで、役に立つとも思えなかった。
そんな馬鹿にしたような僕の口調を咎める様に、師匠は意味深な言葉を吐いた。
「世の中にはな。説明のつかないことってやつは、確かにあるんだ」


142 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 22:06:48.75 ID:j7MpCWDL0
説明のつかないこと?
それと悪徳坊主となんの関係があるのか。
「まあ、行けば分かる」
師匠は口笛を吹きながら、開け放った車の窓から入ってくる風を気持ちよさそうに顔に受けている。
車は蛇行しながら山に登り始め、僕が助手席で車酔いしそうになったころ、ようやくそれらしい山門が見えてきた。
周囲には山の斜面にも関わらず、畑がたくさんあった。段々畑というやつか。舗装もされていない駐車スペースがあったので、そこに車を止める。ザリザリザリというタイヤが砂を噛む音が響いた。
山門の左右には板壁がついているが、それも申し訳程度で、その外側は大きな木が生い茂っている。その板壁の端のあたりに、石柱が立っていて『不許葷酒入山門』という文字が縦に彫られていた。
それを見ながら「禅宗の寺ですか」と訊くと、「違う」という答え。
「本来は禅宗の戒めだがな。割と節操なく他の宗派でも見るよ。ただ、ここのはちょっと趣旨が違うんだ」
「なんですか、それ」
師匠は石柱の文字を指さしながら「なんて読むと思う」と訊く。
「葷酒(くんしゅ)、山門に入(い)るを許さず、でしょう」
葷酒、つまりニンニクやネギなどの匂いの強い野菜や酒の類は僧侶の修行の妨げになるので、持ち込んではいけない、という戒めの言葉だ。現代なら、餃子にビールというところか。
しかし師匠は「違うなあ」とニヤニヤ笑う。
「葷酒、許されざるも山門に入る、だ」
見えない返り点の位置を指で示しながらそう言った。
入っちゃうんだ……
僕の頭の中で住職がどういう人物か、さらに補強された。山門をくぐると、杉木立の中に参道があり、射し込んで来る陽光に照らされて新緑が目に映えた。
地所は広い。参道はあまり長くなく、向こうに本堂の屋根は見えているが、その周囲にも庭園や池が広がっている。
「真宗の寺だよ」
と師匠は言った。

143 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 22:13:04.31 ID:j7MpCWDL0
え、と思って訊き返す。
「真宗で、心霊写真の焚き上げ供養ですか」
それはおかしい。他の宗派ならいざ知らず、浄土真宗はそのあたり徹底しているはずだ。香典の御霊前の文字を使わせず、御仏前とすることにこだわっているくらいだ。
「お、さすがに寺のことは多少知ってるな」
と師匠は嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうだ。霊魂不説ってやつだ。釈尊が霊魂と肉体の同異について語っていないのだから、滅びる肉体と、不滅の実体たる霊魂なんていう二元論は本来ありえないっていう考えだな。
あくまでもすべては無自性(むじしょう)であり、空(くう)だ。特に臨終即往生、往生即成仏の真宗においては、当然人間が死んだ後はすぐに仏になるのだから、霊なんてものになって世に迷ってる暇はない」
参道の苔むした石畳の上を歩きながら、師匠は右手を広げて身体の前でぐるりとかざした。
「しかし、この日本では神仏習合や、古来よりの山岳信仰、祖霊崇拝などと結びつくことで、仏教の思想も様々に分かれ、変化する。
宗派の中でも、分派や一寺院、あるいは僧侶一個人として霊の存在を認める場合もある。
だいたい、仏教独特の説である輪廻転生ってやつを考えた時、転生する主体、つまり不滅の実体を想定せざるを得ないんだから、それを仏性と説こうが、どうしたって……」
「分かってますよ」
長くなりそうだったので、遮った。それよりも、なにか人の視線のようなものを感じて、僕は周囲を見回した
薀蓄に気分が乗って来たところでそっけなく遮られ、憮然とした師匠は「ここ、本当は真言宗の寺だよ。それも分派も分派。各山会、十八本山にもかすってない、なんとか派だ。……ぺろぺろ派」
適当なことを言って欠伸をした。
僕は、ハッとして立ち止まる。
右手側に、小山のように高くなっている場所があり、その斜面の上にこちらを伺っている人影があった。
女の子?

144 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 22:18:33.30 ID:j7MpCWDL0
青いワンピースを着た、小さな女の子がそこにいた。すぐそばのヒノキの幹の後ろに隠れて、そしてまたそろそろと顔を出してくる。
「アキちゃんやあい。おくすりの時間だよう。アキちゃんやあい」
本堂を挟んで遠く反対の方向から、そんな呼び声が聞えて来た。妙に間の抜けた調子の、年配の男性の声だった。
女の子はその声に興味を示さず、じっと僕らを見ている。いや。見ているのは師匠だ。
師匠は斜面に取り付くと、木の根を伝って小山の上に登った。思わず僕も続く。登ってきた僕らを警戒するように、女の子はヒノキの後ろに隠れた。そしてまた、ちらりと顔だけを覗かせる。
何歳くらいだろう。小学校生なのは間違いなさそうだ。十歳くらいだろうか。色白で、手足など折れそうなほどほっそりしている。
ストレートの髪の毛を肩口で切り揃えていて、賢そうな黒目がちの瞳が印象的だった。
「またきた」
女の子はそう言った。可愛らしい声だった。師匠は、わたしのこと? とばかりにおどけて自分を指さす。
「またきたね」
女の子は、ひそひそとした声で真横を向いて囁いた。そうしてうんうんと頷いている。なんだか変だった。その子が向いている場所には、誰もいない。
「そうだよ。また来たよ。今日はとっても大事な用があるんだ。お兄ちゃんはいる?」
師匠は猫なで声でそう訊ねながら、ヒノキの向こうからこちらに近づいてくる人影に気づいて顔を上げた。
僕もそちらを見て、驚いた。長身のガッシリした体格の男が歩いて来る。
黒谷夏雄だ。
我が小川調査事務所の小川所長の甥で、かつては師匠と組んで「オバケ」絡みの依頼を請け負っていたという男。
僕や師匠と同じ大学のはずだが、ほとんどキャンパスには姿を見せず、『M.C.D.』というハードなパンクバンドを組んでいたと思うと、ふらりと中国へ旅立ってそのまま何ヶ月も帰って来ないというような、無軌道な男だった。
なぜやつがここに。

145 :心霊写真3  ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 22:21:16.84 ID:j7MpCWDL0
身構える僕に目もくれず、黒谷は女の子の横で立ち止まると、師匠に向かって「早かったな」と言った。
「ああ。夏雄がいてくれて良かったよ。親父の方だと話がややこしくなる」
写真屋のマンションを出た後、電話をしていたのはこいつだったのか。
アキちゃんやあい。
アキちゃんやあい。
遠くでまだ探している声が続いている。僕は状況をそれなりに飲み込んだ。あれが親父の方か。つまり、夏雄はこの寺の悪徳住職の息子というわけだ。
「じゃあ、この子は」
恐る恐る、僕がそう訊ねると、師匠は頷いた。
「今呼ばれてる、そのアキちゃん。夏雄の妹」
ヒノキの幹のそばで二人並んでいるのを見比べ、そのあまりの違いに僕は唖然とする。
かたや見上げるような長身に服の上からでも分かるくらいの分厚い胸板。首筋から覗く龍のタトゥ。吊り上がった眉と鋭い目つきには、思わず目を逸らしてしまいそうな厳つい男。
かたや線が細く病弱そうな色の白い黒髪の少女。
しかも夏雄の方は大学五年目の二十二、三歳のはずなので、女の子が小学校の三年生か四年生くらいだとすると、少なくとも十コ以上は歳が離れている。
僕の戸惑いに、師匠が「戸籍上はな」と付け加える。
あ、やっぱり。そう思ったが、師匠は笑って「うそうそ、ホントに血が繋がってるんだって」と言い、夏雄の方は不愉快そうに睨みつけている。
僕らは心霊写真の専門家を尋ねてきたはずだ。住職が山師のインチキ親父だとすれば、専門家というのはこの黒谷のことか。
僕は以前、『M.C.D.』のライブの最中に現れた霊を、この夏雄が壁ごと殴りつけて撃退したことを思い出した。
そんな粗暴な男に、心霊写真の鑑定など出来るのか。
思ったことを口にすると、師匠は笑って「違う違う」と手を振った。
「用があるのは、この子の方にだよ」
そうして少し屈みながら身を乗り出し、アキちゃんという女の子に微笑みかけた。
「ね」
しかしアキちゃんは首を左右に振ると、警戒したように夏雄の背中の後ろに回って身を隠した。

146 :心霊写真3 ラスト ◆oJUBn2VTGE:2013/03/08(金) 22:26:16.08 ID:j7MpCWDL0
「嫌われてんだよ。これが」
師匠は憮然として上半身を起こす。
アキちゃんは夏雄の後ろから出てこない。
「この子、完全になんとかコンプレックスだし」
師匠は意味深な視線を夏雄に投げかける。
ブラコンか。
あの見るからに恐ろしい男が、妹には優しいというところを想像しようとして、うへえ、という気持ちになる。
あれ?
「この子の方に用があるって、どういうことですか」
そう訊くと、師匠は夏雄の腰の辺りから髪の毛だけが見えているアキちゃんを指さして、言った。
「この子は、わたしや夏雄なんか及びもつかない、正真正銘の霊能力者だよ」
アキちゃんやあい。
アキちゃんやあい。
呼び声が続く。
山間の木々の中を走る、爽やかな春の風が、一瞬止まったような気がした。

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