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【師匠シリーズ】ビデオ 前編

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683 :ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/08(日) 01:30:25 ID:3TBJnZvS0
いつも行列が出来ている流行りの店であり、店員も若くて可愛い女の子が多かったので、なにか楽しいことがあるかも知れないという淡い希望を抱いてバイト募集に応募してみたのだが、店舗スタッフは全員女性であり、男の俺は当然裏方の製造スタッフに回された。
冷静に考えれば分かることだったはずなのにと、俺は自分の軽率さを恨んだものだった。
ともあれ、そのころの俺は週に二、三日のペースで小麦粉やバターをこねまわしていた。
その店はJRの関連会社が経営していて、正社員は二人だけ。あとはみんなバイトだった。
その正社員のうちの一人が北村さんといって、以前は駅員をしていたという経歴の持ち主だった。
その日も追加の生地の注文が多く入り、息をつく暇もなく働き続けた。
別の駅にも支店を開いたので、冷凍して運ぶための生地も余計に作らなくてはならず、大行列の店舗に負けず劣らず裏方もしんどかった。
ようやく店が閉まる時間になり、こちらも片付けと掃除を始める。仲間同士の笑い声が聞こえる穏やかな時間だ。
俺は隣で金属トレーを洗っている北村さんに話しかけた。
「駅員をやってるころに、ホームで自殺した人はいましたか」
「いたいたぁ。掃除もしたよぉ」
ずり落ちそうになる眼鏡を指で上げながら北村さんは明るく喋る。
四十代も半ば過ぎだったはずだが、そのキャラクターでバイトたちからは愛されていた。
線路での人身事故は悲惨だ。
車輪に巻き込まれて原型をとどめない死体。轢断されて飛び散った肉片。
それらを片付けるのは駅員の仕事なのである。

684 :ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/08(日) 01:33:01 ID:3TBJnZvS0
生存していたら救急隊員が到着するまで担架に乗せるなどして保護するが、全身バラバラになっているような場合は出来る限り体のパーツを集めて白い布で覆っておく。
そうした即死状態の場合は、あとで交通鑑識の現場検証があるまで救急隊のほうで引き取ったりはしない。
そんな死体のそばにいるのは本当に気持ちが悪く、早いところ警察が来てくれるのを祈ったものだった。
……そんなことを北村さんはやけに楽しそうに話す。
「特に停車駅だと減速しているから、スパッといかないのよ。巻き込まれてぐちゃぐちゃ。そんな時はこう、バケツいっぱいに肉を、つまんでね、金バサミで、入れていくわけよ。いや、あれはホントに肉料理は無理だったぁ。にさんにち」
身振り手振りが大きすぎたのか、「喋る間に、手を動かす」と後ろから怒られた。
店長も頭が上がらないバイトのおばちゃんだ。
仕方なく、後片付けをすべて終えてから控え室でもう一度北村さんに話しかける。
「前原駅? あんまりそっちは知らないなぁ」
俺は、師匠と見たビデオの事故のことを説明した。
大した期待をしたわけではない。元駅員の立場から、なにか知っていることがないかと軽い気持ちで聞いたのだ。
すると北村さんはなにかを思い出した顔をして、肩をすくめると、そっと俺の耳に口を寄せてきた。
「サトウイチロウを片付けたら呪われる」
ひそひそとそんな言葉が耳に入る。俺は思わず体を硬くする。
「そんな噂があったのよ」
顔を離すと、一転して明るい口調に戻り、眼鏡をずり上げる。
「あっちの方のエリアで、人身事故が多かったらしくてね。それも身元不明の。なんとかっていうらしいね。無縁仏、じゃない、なんか難しい言い方。まあその無縁仏、仏さんの死体を片付けたら、なんか良くないことが起こるって噂が広がってたらしいよ」
噂と言っても、駅関係者の間でだけひっそりと口伝えされる、裏の話だ。
「サトウイチロウって、なんなんです」


688 :ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/08(日) 01:35:56 ID:3TBJnZvS0
「ほら、無縁仏だったら、さ、名前も分かんないじゃない。だから、みんなサトウイチロウ」
業界用語というやつか。一般人には分からない隠語なわけだ。
映画界では監督が撮影中に降板した場合など、アラン・スミシーという偽名がクレジットされることがあるそうだ。ふとそれを思い出した。
「どんな呪いがあるんですか」
北村さんは、腕組みをして必死で思い出そうとしていたが、最終的に二カッと笑うと「忘れた」と言った。
かわりに、その噂のことをよく知っている先輩が市内に住んでいるから、知りたければ話を聞きに行くとよい、と教えてくれた。
「もう引退してるから、多分話してくれると思うよ。日本酒を持っていけば」
俺はその住所を聞いてから、お礼を言った。
もうみんな帰ってしまって、仕事場は俺たちだけになってしまっていた。
腰を上げながら、北村さんは言った。
「オバケの話が好きなんだねぇ。ここにも出るらしいよ。まえ、ここが食堂だった時に、バイトのおばちゃんたちが見たって」
俺はなにも感じなかったけれど、話を合わせて首をすくめた。
仕事場を出て北村さんと別れたあと、駅前で一人ラーメンを食べてから帰途に着く。
途中、百円ショップに寄ってバナナとベビースターを買い込んだ。
それらをお供に寝転がってレンタルビデオを見るのが至福の時だった。
部屋に帰り着き、風呂に入ってからさっそくビデオをセット。
もうテコでも動かないぞ、という気持ちが沸いてくる。
そのころにはすでに明日の一限目が始まる時間に起きられるように、などという殊勝なことはあまり考えなくなっていた。
結局残りの三本とも見終わったときには夜中の三時を回っていた。
伸びをしてから、目覚ましを手に持ち、何時にセットしようか考えてから、やっぱりめんどくさくなり、運命に身を任せることにしてベッドに向かう。

691 :ビデオ 前編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/08(日) 01:39:31 ID:3TBJnZvS0
明かりを消す。
すると目の前に、不思議な光が現れた。
いや、光の残滓か。
それは夜景だった。
極小の光の粒が薄く左右に伸びている。まるで離れた場所から街を見ているような……
すぐに目を開ける。光の幻は消え去る。昨日とまるで同じだ。
もう一度目を閉じる。かすかに光の跡が見える。ギュッと目を瞑ると、一瞬その輪郭が強く浮き出る。
けれどそれもやがて消える。
俺は闇の中で息を殺しながら考える。
夜景なんて直前には見ていない。
ビデオを見終わって、すぐにテレビも消した。
もちろん最後に見ていたビデオにもそんなシーンは出ていなかった。
一本目のビデオに一瞬だけ夜景が映っていたような気がするが、もっと遠景だったし、なにより六時間も前に見たシーンがずっと瞼に焼き付いていたなんてことがあるとは思えない。
なにか嫌なことが起こりそうな予感がする。
師匠の部屋で、あのビデオを見てからだ。これは偶然なのか。
(あのビデオ、やばいぜ)
呪いのビデオ? ビデオの呪い?
記憶の影に、もう一度夜景の幻視を覗く。
離れた場所から見た街の光。それはいつか見た、夜の中を走る電車の窓からの光景であるような気がした。
(サトウイチロウを片付けたら呪われる)
呪われる。呪われる?
なんだろう。訳も分からず、ただ恐怖心だけが強くなってくる。
夜は駄目だ。今だけはなにも起こらないで欲しい。
ベッドの上で、身体を縮めて俺は周囲の気配に耳をそばだて続けた。

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