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【洒落怖】山間の廃屋の部屋

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しかし、足音が追ってくる気配は無かった。
見たくは無かったが、天井の穴を見る。
幸い、ペンライトはヨウスケを引きずる時も握りっぱなしだったので、それで照らした。
暗い入り口の奥には闇が広がるばかりだった。

この家の構造では、家の内外のハシゴさえ外してしまえば誰も下に下りてくることは出来ない。
自分が見たモノもそれに倣うのだろうか。
とにかく、タカオは怪我はしなかったらしいことを確かめて、ぐったりしたヨウスケを引きずって家を出ようとした。
先程投げ捨てた薬の空き箱が足に当たったので、端のほうへ蹴った。

外へ出ると、雨はまだ降り続いている。
タカオは今の家から一番遠い家を見つけ、中には入らずに庇の付いた縁側へヨウスケを寝かせた。
そこまですると、猛烈な疲労と眠気を感じた。
だめだ、今寝たら、あのおっかないのがまた来たらどうする……。
しかしまぶたが落ちるのを止められない。

あの音がしたら逃げるんだ。
トッ……トッ……トッ……
というあの足音。

意識がもやに包まれてきた。

トッ……トッ……トッ……
が聞こえてきたらいけない。

トッ……トッ……トッ……
いけない……。

トッ……トッ……………

…………………………………



目が覚めると、夜が明けかけていた。
雨も随分小降りになっている。
ヨウスケを起こすと、みみずばれだらけの顔であくびをした。
「いてえ。なんだこれ」
「自分でやったんだよ、お前」
ヨウスケは二階に上がってからのことは殆ど覚えていなかった。
「自分で、俺が?なんだそれ。おっかねえ」
「おっかないのはこっちだよ」
タカオは自分の遭った目のことをヨウスケに説明した。
今となっては夢のようで、口もよく回る。ついでに、少し話を盛った。
「よく俺を見捨てなかったなあ」
「そりゃ、友達だからなア」

周囲が明るくなると、共に口調も軽くなる。
「タカオ、山降りようぜ。親に死ぬほど怒られちまう」
タカオはうなずいて立ち上がった。
陽光の下で、昨日のことなど無かったような気分で歩き出す。
例の家も、朝日の中ではただの汚い家で、思ったよりも小さい造りだった。
やはり、全部夢だったのかもしれないと思える。
「あ、タカオ。お前のそれも自分でやったのか?」
ヨウスケが、半ズボンをはいたタカオの足元を指差した。

タカオの足首には、真っ赤な引っかき傷が三本、くっきりと付いていた。
集落にタカオの悲鳴が響いた。

その後、幸運にも何とか無事に自転車を見つけ、二人は家に帰りつくことが出来た。
家についてからは二人ともこっぴどく怒られた。
そのあとで、タカオは昼間に、ヘッドフォンに入れっぱなしだった例のテープを自宅のラジカセで再生した。
中には子供の合唱が録音されていた。
あの時に聞いた呟きのような声は、どこにも入っていなかった。

なにぶん昔のことで、あの家で過去に何が起こったのか気にはなったものの、知りようが無い。
そもそもあの集落の正確な場所も覚えていない。
イヤフォンから聞こえてきた声の主の少女やその母親、その他の家族には何があったのか。
あの、実質的に隔離することが出来る二階に暮らしていた人たちはどうなったのか。
なぜあの家は建て増しらしきことをしてまで、あんな構造にしたのだろう。
パイプ・ベッドにいた女は誰なのだろう。
そして顔をあんなにもかきむしっていた少女は。

足首の傷は、数日で癒えてしまった。
タカオがあの家のことで今でも覚えているのは、『トモエ』という、女の子のものらしい名前くらいだ。
今いくつかは分からない。
もう亡くなっていてもおかしくないとも思う。
ただ、なんにせよまっとうで人並みな人生は送っていないような気がする。

だから、刃傷沙汰の傷害事件がテレビで流れるたび、タカオは今でも容疑者を含めた関係者の名前を、無意識につい確かめてしまう。

仮にトモエという名前の人間が犯人としてニュースに上がることがあったとしても、当然あの家とは無関係の確率のほうがはるかに高い。
「分かってるんだよ。だから癖というか、刷り込みの条件反射みたいなもんだね」
タカオはそう言って、すっかり冷えたほっけのかけらを箸でつまんだ。
どこかしら悟ったような口調で言うタカオに、僕は聞いた。
「なア、本当にその家で過去にあったこと、何も知らないのか?
気になって調べたり、しなかったのかい」
「さあね。なにしろ、夢みたいなもんだったからね」
口ぶりがなんとなく空々しい。
何かを知っているのだろうか。
言うべきでないことまでは言うまい、としているのかもしれない。

「例えばあの足の傷なんかもね、俺が自分でやったのかもしれないし。
分からないんだよ、分からないの。
薬のことなんて特によく分からん。
昔のことだからさ」

そう言ってタカオは、別の肴を注文した。

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