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【師匠シリーズ】追跡

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476 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 21:10:48 ID:gAYKdkL30
ともあれ店内を見回したが、常連らしき数人の客の中には師匠はいなかった。
がっかりはしない。ここではわずかな手掛かりを得られるはずだから。
腹が減っていたので、ラーメンを注文する。
『追跡』で主人公が頼むのを読んでいたので、メニューも見ずに言ったのだが本当にあったらしい。
目の前で袋入りの即席めんをマスターが開けはじめたときは、少し驚きはしたが。
待っている間、どこからか彼女が見つけてきた黒ひげ危機一髪で遊びながら、黒ひげが飛び出たら勝ちなのか負けなのか意見の食い違いで揉めていると、「出たら勝ち」と言いながらマスターがラーメンをテーブルに置いていった。
食べはじめると、足元に猫が擦り寄ってきた。
どんな店なんだ。
食べ終わって、ドンブリがどう見てもすり鉢だったことには突っ込まずにマスターを声をかける。
「ああ、そういえば3,4日前に来てた」
やはり師匠は常連だったらしい。
いい趣味をしている。
「連れがいたような気がする」
ポロリと漏らした一言に食いつく。
「いや、でもよく覚えてない」
わずかなヒントを得た。
『追跡』を確認するが、どうやらここではこれまでのようだ。諦めて店を出る。
ドアを閉めるときに、店の奥からビリヤードの玉が弾ける音が聞こえた。
「次は」
と言いながら階段を降りる足が止まる。
心の準備が出来るまで次のページには行かないほうが良い。

478 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 21:11:51 ID:gAYKdkL30
何度目かのこの文章をめくると、次のページにはかなり核心に近づく展開があった。
「次は、ボーリング場です」
また自転車にまたがる。
この時点で彼女に俺の推測を告げるか迷ったが、表情を変えずに自転車をこぐ姿を振り返って、思いとどまる。
やはり彼女は苦手だ。何を考えているかわからない。
自転車から降り、何度か来たことのあるボーリング場に入る。
「プレイは?」
「ここでは店員に話を聞くだけのようです」
少し、やりたそうだった。
それを尻目にカウンターに向かう。
「ああ、多分わかりますよ」
師匠の名前を告げると、あっさりと調べてくれた。茶髪の若い店員だった。
客のプライバシーなどどうでもいい程度の教育しか受けていないのだろう。
もっとも今はそれが有難かった。
しばらくすると、師匠の名前がプリントされたスコアが出てきた。
日付は3日前で、午後2時。やはり。
以前一緒にボーリングをやったとき、本名でエントリーしていたのを覚えていたのだ。
師匠のGの多いスコアなどどうでもいい。
俺と彼女の視線は、もう一人の名前に集中していた。
それはどうぶつの名前だった。
その通り、「ウサギ」という名前が師匠の横に並んでいた。

481 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 21:17:45 ID:gAYKdkL30
ゲームセンターから感じていた引っ掛かりがほどけていく。
プリクラ、流行の雑貨屋、ネタ系の喫茶店。
まるきりデートコースじゃないか。
そして動物の名前でエントリーするなんて、若い女性と相場が決まっている。
俺は恐る恐る彼女の顔を盗み見たが、その表情からは心中を推し量ることは出来なかった。
師匠よりもGの多い「ウサギ」のスコアから、いやらしさのようなものを感じて、思わず目を逸らした。
なんとなく二人とも無言でゲームセンターを後にする。
心の準備が出来るまで次のページには行かないほうが良い。
本当に心の準備が要った。
そして俺は、天を仰いだ。
行けと?
ラブホテルへ?
彼女をつれて?
迷いというより、腹立たしさだった。
そんな俺の混乱を知ってか知らずか、彼女は「次はどこ? 行きましょう」と言うのだ。
行き先を告げないまま、暗澹たる思いで自転車をこぐ。
ホテル街へ踏み入れた時点で、彼女もなにが起こっているかわかっただろう。
近くの駐輪場に自転車をとめて歩く。
彼女は黙ってついてくる。
その名前が、あまり下品ではなかったことなんて、なんの慰めにもならない。
あっさりと見つけた看板の前で立ち止まって俺は真横に指を伸ばした。


482 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 21:21:14 ID:gAYKdkL30
「で、入るの?」
いつもと変わらない声色にむしろ緊張してくる。
ジーンズのお尻に挟んで、かなりシワクチャになってきた『追跡』を広げ、「入ります」と言う。
「でも」と言いかけた俺を引っ張るように彼女は中に入っていった。
俺はこのシチュエーションに心臓をバクバクさせながらもついていく。
「205号室」と俺に言わせ、彼女は手しか見えない人から何かのカードを受け取る。
ズンズンと廊下を進み、部屋番号に明かりの点ったドアを開ける。
入るなり、バサッ、と彼女はベッドにうつ伏せに倒れこんだ。
足が疲れた、というようなことを言いながら溜息をついている。
俺はいたたまれなくなって、冗談のつもりで師匠の名前を呼びながらクロゼットや引き出しを開けていった。
枕元の小箱は、開ける気にならない。
風呂場の扉を開けたとき、一瞬、広い湯船の中に師匠の青白い顔が浮かんでいるような錯覚を覚えて眩暈がした。
そして湯気のなか、本当に湯が出っぱなしの状態になっていることに気づき、ゾクリとしながら蛇口を閉めた。
サーッと湯船から水があふれる音がする。少し、綺麗な音だった。
これは掃除担当者の閉め忘れなのか、こういうサービスなのか判断がつかなかったが、少なくともそのどちらかだと思うようにする。
部屋に戻ると、彼女がうつ伏せから仰向けになっていて、ドキッとした。
「手掛かりは?」
「髪の毛です」
風呂場でシャワーのノズルに絡み付いていた、かなり色を抜いてある茶髪をつまんでみせる。
長い髪だった。

483 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 21:22:22 ID:gAYKdkL30
そのあと、彼女の言葉はなかったのでそれはゴミ箱に捨てた。
「もう出ましょう。……割り勘で」
そう言いながら彼女は身を起こした。
俺が払いますと口にしたくなったが、どう考えても割り勘がここからのベストの脱出方法だった。
先払いしていた彼女に2分の1を端数まできっちり手渡し、苛立ちと気恥ずかしさで、俺は(ハイハイ、早くて悪かったね)と頭の中で繰り返しながら彼女より前を歩いてホテルを出た。
自分でもよくわからないが、どこかにあるだろう監視カメラにぶつけていたのかも知れない。
ホテル街を抜けてから、『追跡』を開いた。
「次は、レストランに向かったようです」
順番逆だろ、と思いながら言葉を吐き出した。
昼間のうちにホテルなんて、まるで金の無い学生みたいじゃないか。
いや、まさにその金の無い学生なのだった。あの人は。
レストランまであと50メートルという歩道で、血痕を見つける。
ページの中ほどにその文章を見つけたとき、一瞬足が止まった。
そして急いで自転車に乗り、レストランへの途上で血痕を探した。
あった。
街路樹の間。車道が近い。
探さなければきっと見落としていただろうそれは、とっくに乾いている。
誰の血だ?
周囲を見るが、夕暮れが近づき色褪せたような雑踏にはなんの答えもない。

484 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 21:24:13 ID:gAYKdkL30
ただ、わずか数メートル先から右へ折れる裏道がやけに気になった。
車が通れる幅に加え、すぐにまた直角に折れていて見通しが悪い。
人ひとりいなくなるのに、うってつけの経路じゃないか。
そんな妄想ともつかない言葉が頭の中に浮かぶ。
念のためにレストランまで行き、師匠の人相風体を告げるが店員に覚えているものはいなかった。
デートはここまでだったらしい。
確かに何かが起きている。
「続きは?」
彼女に促されて、ページをめくる。
「タクシーに乗ります」
そして俺は、運転手に「人面疽」を知っているかと聞く。
人面疽?
どうしてそんな単語がここで出てくるのか。
困惑しながらも読み進めるが、どうやらこのページはタクシーによる移動の部分しか書かれていないようだ。
風景などの無駄な描写が多い。俺たちはタクシーを止め、乗り込む。
そして運転手に人面疽を知っているかと聞いてみた。
40代がらみのその男は、「いやだなぁお客さん、怪談話は苦手なんですよ」と言って白い手袋をした左手を顔の前で振った後、「ジンメンソはよく知りませんけど、こないだお客さんから聞いた話で……」と、妙に嬉しそうにタクシーにまつわる怪談話を滔々としはじめた。
怪談好きの客と見てとってのサービスなのか、それとも元々そういう話が大好きなのかわからなかなったが、ともかく彼は延々と喋り続け、俺はなにかそこにヒントが隠れているのかと真剣に聞いていたが、やがて紋切り型のありがちなオチばかり続くのに閉口して深く腰を掛け直した。

490 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 22:07:17 ID:gAYKdkL30
タクシーは郊外の道を走る。
降りるべき場所だけはわかっていたので、俺たちは座っているだけで良かった。
「人面疽」とは、体の一部に人間の顔のような出来物が浮かび上がる現象だ。
いや、病気と言っていいのだろうか。オカルト好きなら知っているだろうが、一般人にはあまり馴染みのない名前だろう。
そういえば、師匠が人面疽について語っていたことがあった気がする。結構最近のことだったかも知れない。
なにを話していたのだったか。
ぎゅっと目を瞑るが、どうしても思い出せない。
隣には膝の上に小さなバッグを乗せた彼女が、どこか暗い表情で窓の外を見ていた。
やがてタクシーは目的地に到着する。周囲はすっかり暗くなっていた。
運賃を二人で払い、車から降りようとすると運転手が急に声を顰めて、「でもお客さん。どうして気づいたんですか」と言いながら左手の手袋のソロソロとずらす素振りをみせた。
一瞬俺が息をのむと、すぐに彼は冗談ですよと快活に笑って『空車』の表示を出しながら車を発進させ、去っていった。
どうやら元々が怪談好きだったらしい。
俺はもう二度と拾わないようにそのタクシーのナンバーを覚えた。
「で、ここからは」
彼女があたりを見る。
公園の入り口付近で、街灯が一つ今にも消えそうに瞬いている。
フェンスを風が揺らす音がかすかに聞こえる。
俺はペンライトをお尻のポケットから出して『追跡』を開く。
いつなんどきあの人が気まぐれを起こすかわからないので、最低限の明かりはできるだけ持ち歩くことにしていた。


491 :追跡  ◆oJUBn2VTGE:2007/09/26(水) 22:08:34 ID:gAYKdkL30
「ここから東へ歩きます」
と言ったものの、二人とも土地勘がなく困ってしまった。
近くで周辺の地図を描いた看板を見つけて、その現在位置からかろうじて方角を割り出す。
ページ内を読み進めると、どうやら廃工場にたどり着くらしい。
顔を上げるが、まだそのシルエットは見えない。
川が近いらしく、かすかに湿った風が頬を撫でていく。寒さに上着の襟を直した。
うしろすがたに会った。
急にこんな一文が出てくる。
前後を読んでも、よくわからない。
誰かの後ろ姿を見たということだろうか。
住宅街なのだろうが、寂れていて俺たちの他に人影もない。
右手には背の低い雑草が生い茂る空き地があり、左手には高い塀が続いている。
明かりといえば、思い出したように数十メートル間隔で街灯が立っているだけだ。
その道の向こう側から、誰かの足音が聞こえ始めた。
そしてほどなくして、暗闇の中から中肉中背の男性の背中が現れた。
確かにこちらに向かって歩いて来ているのに、それはどう見ても後ろ姿なのだった。
服だけを逆に着ているわけではない。
夜にこんなひとけのない場所で、後ろ向きに歩いている人なんてどう考えてもまともな人間じゃない。
俺は見てみぬ振りをしながら、それをやり過ごそうと道の端に寄って早足で通り過ぎた。
そして、どんなツラしてるんだとこっそり振り返ってみると、ゾクリと首筋に冷たいものが走った。
後ろ姿だった。

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