【師匠シリーズ】葬祭

453葬祭 ウニ2006/06/03(土) 12:42:55 ID:3rNkYIQb0
ペンライトの微かな明かりの下で、師匠が嬉しそうな顔をして指に唾をつけ、箱の口の経文をこすり落とした。
他に封印はない。
ゆっくりと蓋をあげた。
俺は怖いというか心臓のあたりが冷たくなって、そっちを見られなかった。
「う」
というくぐもった音がして、思わず振り向くと師匠が箱を覗き込んだまま口をおさえていた。
俺は気がつくと出口へ駆け出していた。
明かりがないので何度も転んだ。
それでももう、そこに居たくなかった。
階段を這い登りわずかな月明かりの下に出ると、山門のあたりまで戻りそこでうずくまっていた。
どれくらい経っただろうか。
師匠が傍らに立っていて青白い顔で「帰ろう」と言った。
結局次の日俺たちは1週間お世話になった家を辞した。
またいらしてねとは言われなかった。
もう来ない。
来るわけがない。
帰りの電車でも俺は聞かなかった。
木箱の中身のことを。
この土地にいる間は聞いてはいけない、そんな気がした。
夏休みも終わりかけたある日に俺は奇形の人を立て続けに見た。
そのことを師匠に話した折りに、奇形からの連想だろうか、そういえばあの木箱は・・・と口走ってしまった。

454葬祭 ウニ2006/06/03(土) 12:44:13 ID:3rNkYIQb0
ああ、あれね。
あっさり師匠はいった。
「木箱で埋められてたはずだからまずないだろう、と思ってたものが出てきたのには、さすがにキタよ」
胡坐をかいて眉間に皺をよせている。
俺は心の準備が出来てなかったが、かまわず師匠は続けた。
「屍蝋化した嬰児がくずれかけたもの、それが中身。かつて埋められていたところを見たけど、泥地でもないしさらに木箱に入っていたものが屍蝋化してるとは思わなかった。もっとも屍蝋化していたのは26体のうち3体だったけど」
嬰児?
俺は混乱した。
グロテスクな答えだった。
そのものではなく、話の筋がだ。
死人の体から抜き出したもののはずだったから。
「もちもん産死した妊婦限定の葬祭じゃない。あの土地の葬儀のすべてがそうなっていたはずなんだ。これについては僕もはっきりした答えが出せない。ただ間引きと姥捨てが同時に行われていたのではないか、という推測は出来る」
間引きも姥捨ても今の日本にはない。
想像もつかないほど貧しい時代の遺物だ。
「死体から抜き出した、というのはウソでこっそり間引きたい赤ん坊を家族が差し出していたと・・・?」
じゃあやはり、当時の土地の庶民も知っていたはずだ。
しかし言えないだろう。
木箱の中身を知らない、という形式をとること自体がこの葬祭を行う意味そのものだからだ。

455葬祭  ラスト ウニ2006/06/03(土) 12:45:29 ID:3rNkYIQb0
ところが、違う違うとばかりに師匠は首を振った。
「順序が違う。あの箱の中にはすべて生まれたばかりの赤ん坊が入っていた。年寄りが死んだときに、都合よく望まれない赤子が生まれて来るってのは変だと思わないか。逆なんだよ。望まれない赤子が生まれて来たから年寄りが死んだんだよ」
婉曲な表現をしていたが、ようするに積極的な姥捨てなのだった。
嫌な感じだ。
やはりグロテスクだった。
「この二つの葬儀を同時に行なわなければならない理由はよくわからない。ただ来し方の口を減らすからには行く末の口も減らさなくてはならない、そんな道理があそこにはあったような気がする」
どうして死体となった年寄りの体から、それが出てきたような形をとるのか、それはわからない。
ただただ深い土着の習俗の闇を覗いている気がした。
「そうそう、その葬祭をつかさどっていたキの一族だけどね、まるで完全に血筋が絶えてしまったような言い方をしちゃったけど、そうじゃないんだ。最後の当主が死んだあと、その娘の一人が集落の一戸に嫁いでいる」
そういう師匠は、今までに何度もみせた、『人間の闇』に触れた時のような得体の知れない喜びを顔に浮かべた。
「それがあの僕らが逗留したあの家だよ。つまり・・・」
ぼくのなかにも
そう言うように師匠は自分の胸を指差した。

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