82 :テレビ ◆oJUBn2VTGE:2013/01/26(土) 22:41:33.52 ID:Zc2Cu2zX0
「今度はこの形を三人で再現する。さっきと同じように部屋の中からは見えない位置の襖の裏側に二人の人間を配置する。で、今度は背中を襖につけた状態で腕を伸ばす。
すると逆手(さかて)で襖に指をさし入れることになる。真ん中に立っている人間が襖を開けようとするのと同じ指の形だ。でも目玉を覗かせる役と、手の持ち主が別だから、気持ちの悪いことができる」
師匠は僕を立たせて、ギョロ目役だ、と言ったあと、自分は僕の方を向いたまま右横に立って片手を伸ばす。
ちょうど僕の胸のあたりに右手の指が来ている。「すー」と言いながらその指を自分の方に引き、「そら、開いたぞ、目だ」と合図した。
僕はカッと目を見開いて、小島だか中島だか大島だかという名前の隣人の方を睨みつけた。心なしかびくりとしたようだった。
すると次の瞬間、師匠はその格好のままストンとその場にしゃがみ込んだ。腕は伸び、指は鉤を作ったまま床の上に落ちている。
「部屋の中からはどう見える」
「顔が同じ位置で目を見開いたまま、腕だけが下に落ちています」
襖がそこにあるという前提の元に隣人が答えた。
なるほど、開ききっていない襖の裏側でそんなトリックを使われているとは思いもしない人なら、相当驚くだろう。
人体の構造上、ありえない動きだからだ。もちろん襖から覗く顔と手が同じ人物のものだとしてだ。
「三人じゃなく、二人でもできるな。片方の手だけが他人のものだとしても、色々脅かすバリエーションができそうだ。両方右手とかな」
そう言ってニヤニヤしている。こういう悪だくみをさせたら本当に生き生きしてくるので、面白い人だ。
そんな微笑ましい気持ちでいると、師匠はこちらを向いてまた両肘を張ったポーズを取った。
「おい。タネを知ったからって安心してるなよ。わたしが死んだら、これを逆手に取って、トリックと思わせておいて実はホンモノ、っていう出方をしてやるからな」
覚悟しとけ。
底意地の悪そうな顔で僕らの顔を順に見る。
「ちょっと待って下さい。手が落ちるとかそれ以前に、死んでるんですよね? 襖から顔が出た時点で幽霊なんですけど」
僕の指摘に、腕組みをして唸り始める。
「出た時点で幽霊か」
「幽霊です」
「なんの工夫もないのに、幽霊だというだけで驚くかな」
「驚きますね」
83 :テレビ ラスト ◆oJUBn2VTGE:2013/01/26(土) 22:43:20.00 ID:Zc2Cu2zX0
僕らの会話を隣人が面白そうに聞いている。
「ていうか死なないでください」
最後に僕がそう突っ込むと、師匠はふっ、と息を吐いてぽつりと言った。
「死んだあとの方が面白そうだ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の足元から頭の先へ、とても嫌なものが走り抜けた。
後悔であり、悲しみであり、自分がただの石ころになったような無力さでもあった。
僕はその場に座り込んでしまいそうな脱力感と闘いながら、この人と初めて会った時のことを思い出していた。
喧噪の残る夜の街を、無数の霊をつれてただ歩いていた。寒気のするような、そしてどこか幻想的な光景。その時の彼女の目には、周囲のすべてがまったく映っていなかった。
いや、少し違う。
映っているものすべてに等しく価値がない。
そういう目をしていた。
時おり現れる、彼女のそういう眼差しを見るたび僕はどうしようもなくつらい気持ちになる。
彼女がふと我に返ったかのようにその表情を無くす時、彼女と僕らのいる世界がとてもか細い繋がりしか持たなくなるような気がするのだ。
なにか面白いことを言わなくてはならない。楽しいことを言わなくてはならない。怖いことを言わなくてはならない。
早く。
そうして僕は、強張った口を開く。
何と言ったのか、もう覚えていない。きっとくだらないことだったのだろう。
師匠はそんな僕ににこりと笑って、「ユタって知ってるか」と言った。
知っている。現代に残る、シャーマンの一種だ。
「殯(もがり)の島でな、ユタのばあさんに言われたんだ。ちょうど島を出る時に。たった一言。知らない言葉だった。ただ、ののしられていた、ということだけは分かった。
忌まわしいものを見るような、落ち窪んだ目の奥の光を今でも覚えている」
「なんて、言われたんですか」
師匠はふふん、という表情で「ぐそうむどい」と言った。