【師匠シリーズ】未

95 :未 ◆oJUBn2VTGE:2010/12/26(日) 00:03:58 ID:eIOkk7GA0
まさか、サンタどころかクリスマスというイベント自体を迷信だと親に吹き込まれてきた可哀想な子だったのか、師匠は。
「ただの言葉の綾だ」
そう言ってまだ笑っている。なんだかクリスマスを前に焦っているこちらの腹の内を読まれたような気がして、恥ずかしくなった。
「そう言えば、クリスマスにまつわる怪談話があるよ」
「どんな話ですか」
「実話なんだけど」
と言って師匠はコタツの中でゴソゴソ動いていたかと思うと、脱いだばかりの靴下を床に置いた。
「おととしだったか、その前だったか、クリスマスイブに一人でいたんだよ。この部屋に。やけに寒い日だったな。サンタでも来ねえかなあと思って、枕元に靴下を置いといたんだ。こんな風に。
寝る前にちゃんと戸締りして、よし、これで朝起きて靴下になにか入ってたら、サンタ確定だと。もちろん冗談のつもりだ。まあイベントごとだし、気分の問題だから。で、寝たわけ」
え……そこから怪談になるって、どういうことだ。まさか。
ドキドキしながら聞いていると、師匠は床に置いた靴下を手に取る。
「朝起きたら、入ってるんだよ」
「うそでしょう」
急に鳥肌が立った。思わず声が大きくなる。
「いや、本当だ。入ってたんだよ、私の足が」
師匠は真剣な表情のまま口元を押さえる仕草をする。
力が抜けた。
「寒かったせいかな。普段は冬でも靴下履かずに寝るから、寝ぼけて履いちゃったらしい」
からかわれたと知って、腹が立ってきた。もういいです、と言ってコタツに入ったまま後ろに倒れこむ。
「いや、私からしたら結構怖かったんだって」と言い訳をしていたが、やがて静かになった。
再び万年筆が紙の上を走る音。
しばしの間考えごとをした後、天井を見ながらぼんやりと言った。
「一昨年はそれとして、今年のイブはどうなんです」
ペン先の音が止まった。

96 :未 ◆oJUBn2VTGE:2010/12/26(日) 00:08:33 ID:eIOkk7GA0
二回訊いたのだ。いくらこの人でもどういう意味で訊いているのか分かっただろう。
顔は冷たく。足は温かい。
わずかな沈黙の後で、「お泊り」という単語が出てきた。
「あ、違った。お泊り」
二回言った。
その二回目は一音節ごとに区切り、しかもくねくねした動きがついていた。
「そうですか」
もういいや。帰ろう。
そう思った時、師匠が意外なことを言った。
「おまえも来るか」
「ハァ?」
思わず跳ね起きた。どうしてそうなるのだ。
僕の動きに驚いたのか、師匠の身体がビクリと反応する。
「いや、そんなに良い所じゃないぞ。鄙びた温泉宿だ」
「行きます」と取り合えず即答しておいてから疑問を口にする。「なんでクリスマスイブに温泉なんですか」
それには深い事情があってだな。と師匠がもったいぶりながら話したところを要約すると、要するにバイトだった。
小川調査事務所という名前の興信所で師匠は調査員のバイトをしているのだが、中でもオカルト絡みの妙な依頼を専門に請け負っていた。
たった一人の正職員にして兼所長の小川さんにしても、そうした怪しげな依頼を積極的に求めているわけではないのだが、今までに師匠が携わったケースの関係者からの口コミで、日増しにそんな仕事が増えつつあった。
そしてそんな口コミの大半を担っていると思われるお婆さんがいるらしいのだが、その人の紹介でこの年の瀬に転がり込んできた依頼だった。
「婆さんが贔屓にしてる馴染みの宿ということだけど、どうも出るらしいんだな」
「出る、とは、あれですか」
「うん。これが」
師匠は両手首を引き付けてから胸の前で折った。目を細めて、にゅっと舌も出す。
「そんなに大きな旅館じゃないみたいだけど、毎年正月をそこで過ごすお得意様が何組かいるらしくてな。その前に、つまり年内にどうにかしたいんだと」

97 :未 ラスト ◆oJUBn2VTGE:2010/12/26(日) 00:10:48 ID:eIOkk7GA0
「お祓いとかしても駄目だったんでしょうか」
「ああ。駄目だったらしい。そのあたりがちょっと訳ありみたいでな。詳しくはまだ聞いてないんだけど」
僕は指を折ってみた。年末までそれほど猶予がない。だからクリスマスに泊り込みで仕事が入っているのか。
でもどうして僕にあらかじめその話が来なかったのだろう。零細興信所である小川調査事務所のバイトの助手という立派な肩書きがあるというのに。
「さすがに十代の若者にクリスマスに仕事しろとは言えないからなあ」
「そんな……」
あなたと一緒にいなくて、なんのクリスマスか。とはさすがに言えなかった。
「じゃあ助手を一人連れて行くって言っとくから」
師匠はそれだけを告げるとまた年賀状を書く作業に戻った。僕はそれを見て「そろそろ帰ります」と立ち上がる。
クリスマスイブに師匠と二人、田舎の温泉宿でお化け退治か。
真冬だというのに、身体の芯に火が入ったような感じがした。僕は半ば無意識に小さく拳を握る。それを見た師匠が、「やる気だな。よろしく頼むよ」と気の抜けたような声で言った。

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