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【洒落怖】帰省

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118 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:25
家の門を前にして、それまでの漠然とした恐怖がまったくのリアルなものへと変わりました。
空気がおかしいのです。
家を包む空気が澱んでいるようで、自分がかつてこのようなところに暮らしていたのか、と思うほどでした。
迎えに出てくれた父の顔も暗くどんよりとしたもので、私の心にあった父のイメージとかけ離れていました。
家の中に入っても澱んだような空気は変わらず、むしろより強くなっているようです。
古井戸の底の空気というのは、こういったものなのかもしれません。

彼女を両親に紹介したのですが、なんだかお互い口数も少なく、ほんとうに形だけのやり取りのように済まされました。
私以上に彼女のほうが何かを強く感じているようで、いつもの明るい彼女とは別人のようでした。
しきりにこめかみを押さえたり、周囲を気にしたり、落ち着きの無い様子で、
私が話しかけても、俯いたまま聞き取れないような小さな声で、何事かつぶやくだけなのです。

119 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:28
私自身、家の中の何か異様でただならぬ空気を感じていたので、
彼女に対して、もう少し明るく振舞ってくれなど言えませんでした。
ただ、これ以上気まずい雰囲気にならなければ、と思っていました。

夕食のときも、お互い積もる話があるはずなのに、
誰の口からも言葉が出ることなく、食べ物を咀嚼する音だけが静かな部屋に響いていました。

食後、私の母が彼女にお風呂を勧めたのですが、彼女は体調が優れないのでと断り、
私が入ろうとしたときも、一人で部屋に残るのが心細いのか、「早く戻ってきて」と言いました。
その様子があまりに真剣なので、私も不安になり、
いやな予感もしたので、風呂に入るのをやめて、
そのまま母が敷いてくれた蒲団につき、早々と寝ることにしました。

120 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:33
電車に長時間乗っていた疲れもあってか、彼女は明かりを消すとすぐに寝ついたようで、
安らかな寝息が私の傍らから聞こえはじめました。
普段から寝つきの悪い私は、いつもと違う枕と蒲団の中でさまざまな事柄が頭の中でちらついて、なかなか眠れませんでした。
この家全体に満ちている澱んだ空気、断片的に思い出される記憶、
私は落ち着き無く寝返りを繰り返し、いろいろなことを考えていました。
家の前にガソリンをばら撒いて火を放った伯父さん。
あれから一度も姿をみせず、何年後かに亡くなったと聞かされたが、実感が無かった。
葬式も無く、ただ死んだと聞かされた。
幼いうちに死んだもう一人の伯父さんは、ちゃんとお葬式をしてもらえたのだろうか。
そんなことを考えているうちに、私はこの家に漂う澱んだ空気を吸うことさえ厭な気がしてきました。


121 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:35
家の外、庭先で鳴く虫の声に混じって聞こえる、木々のあいだを縫う風の音は、何か人の呻き声のようにも聞こえます。
その音にじっと耳を傾けると、それが外からではなく、家の中から聞こえるようにさえ感じました。
不安感と共に、私は蒲団の中で身体から滲む汗に不快感を抱きながら、いつのまにか眠りに落ちていました。

夢を見ました。恐ろしい夢でした。夢の中には私がいました。
幼いころの私です。その私の首を父が絞めているのです。
その後ろには祖父もいました。
私は恐怖を感じましたが、不思議と苦しくはありませんでした。

122 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:38
翌朝目覚めると、隣で真っ青な顔した彼女が、蒲団をきちんとたたんで帰り支度をしていました。
寝汗を吸い込んだTシャツを脱ぎながら、私は彼女にどうしたのとか尋ねました。
彼女はただ「帰る」とだけ言いました。
「昨日来たばかりなのに……」と言葉を濁していると、
「あなたが残るなら、それは仕方がないわ。でも、私は一人でも帰る」
そう、青ざめた顔のまま言いました。
はっきり言って、私もそれ以上実家にいたいとは思っていませんでした。
しかし、両親になんと言えば良いのかわからないです。
なんと説明すれば良いのか、そんなことを考えていると、昨夜の夢が脳裏にちらつきました。
幼い私の首を絞める父。
とにかく私も蒲団をたたみ、着替えを済ませてから居間に向かいました。

123 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:42
大きなテーブルの上座に腰掛けた父は新聞を広げていました。
再び悪夢が脳裏を掠めます。
わずかな時間に私はいろいろと考えてから、口を開いて、
「彼女の体調があまり優れないし、今日、もう帰ろうと思うんだ」
そう言いました。
言ってから、何かおかしなことを言っているなと思いました。
体調が悪いのに、また電車に乗って長いあいだ移動するなんて。
しかし、父は深く一度ため息をついてから、
「そうか、そうしなさい。あのお嬢さんをつれて東京に戻りなさい」
そう言ったのです。
何か呆然となりました。
自分のわからない事柄が、自分の知らないところで勝手に起こって進んでいる。
そして、自分はその周りで、わずかな何かを感じているに過ぎない。そんな気持ちです。

124 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:44
居間を後にして部屋に戻ると、彼女はもう帰り支度をすべて終えて、今にも部屋から出ようとしているところでした。
私は彼女に「少しだけ待ってくれ」と言い、自分も急いで帰り支度をして、彼女と一緒に両親のもとへ行きました。
父も母も「元気で」とだけ言い、それ以上何も言いませんでした。
私は何かを言わなければ、何か訊いておかなければいけないことがある、そう思いましたが、
それが何かわからない、そんな状態でした。
彼女の、一刻も早くこの家から離れたい、というのがその様子から見て取れたので、
私はお決まりの別れ言葉を残し、家を出ました。

家から出ただけであの澱んだ空気から開放された感があり、私はずいぶんと気が楽になりました。
しかし、彼女は駅に着き電車に乗るまで何一つしゃべりませんでした。
一度も振り返ることなく足早に歩いて、少しでも家から遠くに、そんな感じです。

125 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/05/17(木) 01:45
電車に乗ってから、私は彼女の様子が落ち着くのを見計らって、
「大丈夫、どうかしたのか」と尋ねました。
彼女はしばらくのあいだ下を向いて、何やら考え込むようなしぐさを見せ、それから話し始めました。
「ごめんなさいね。本当に悪いことをしたと思ってるわ。せっかく久しぶりの帰省なのにね。
それに、私から挨拶しておきたいなんて言っておいて。ほんとうにごめんなさい。
ちゃんと説明してほしいって思ってるでしょ。でもね、できないと思うの。
私があの家にいるあいだに、感じたことや経験したことを、
私からあなたに伝えることが、私にはできないの、ごめんなさい」
彼女はそう言って、溢れ出しそうになる涙を手の甲でおさえました。

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